揺らぐ幻影
「てか待って、ホワイトデーまだ続いてて。ふ、あのさ、王子より俺のが好物件って話で――
まあダサイんだけどここは健気な近藤さん服コらしさで落とそうと、」
照れ臭いのか俯き加減で話し出す近藤が、肩にかけたバッグからおもむろに取り出したのは、
「はい」
成立したばかりの彼氏と彼女の間に広げられたのは、
「、……え?」
スケッチブックに走り描きされたワンピースそのものだった。
「どーぞ」
深い紅色の生地にコルセット風な白い生地が映えるワンピース、
結衣が着たかった花嫁衣装が現れた。
うわ可愛い
上手、売り物みたい
すごー家庭科A
かわいー欲しー
……って、これ私に、?
どうぞと差し出されたのは試食販売のプリン以来だが、
気兼ねなくいただいて構わないのだろうか。
好きな人のワンピース。
ああ、テスト勉強は嘘だ。
彼は決して触れないけれど、赤い瞳が愛を語るのは狡い。
あっという間に身体が熱を持ち、そっとプレゼントに手を伸ばすと桃色に染まった指が見えた。
こんなロマンチックでドラマチックな展開は鳥肌だ。
女子高生が感動して涙を流す場面で結衣はいつもドン引きしていたし、
彼女らがキュンとなるらしい甘い台詞にはゾっとしていたのに不覚、
それが何故、こんなに感動してキュンとしてしまうのか。
もしかすると、感情移入できるということは、つまり心が素直だからで、
ずっと彼女たちに憧れていたのかもしれない。
陰のある恋、甘いラブコメ、自分の日常生活にはない言い回しの会話や、癖のある登場人物を目にするのは耐えられず、
心が枯れた結衣は笑えてしょうがなかったのだ。
ある意味ブラックジョークネタとしてわざとなのではないかと疑う程に。
しかし、今なら分かる。
ありえない設定や、素っ頓狂な登場人物、波瀾万丈を詰め込んだ展開、
真実の愛、永遠、運命、純愛、友情、人生、
笑えるくらい美しいではないか。
恋愛は綺麗、結衣はギャグ。
「静香ちゃん見せるし」
不満を呟く近藤に今すぐ両手で抱きしめてほしい。
見えない言葉で包んでくれる人。