揺らぐ幻影

幸せが滲み出ている二人の笑みは、

自分自身とは無関係な結衣の出来事に喜んでくれている印だ。

月並みに自分が男ならこんな子と付き合いたいと心底惚れ惚れした。


ひやりとした床は火照った肌によく馴染み、いっそのこと血液を凍らせてほしい。

体の中が熱すぎて一人ヒートアイランド現象、あるいは一人フェーン現象だと、

気象学は一ページも励んだことがないため、結衣には意味はよく知らないけれど、

このような雰囲気比喩が女子高生の鉄則だ。


作戦を実行できたことと友人の優しさとで、嬉し過ぎてにやけてしまう。


たっぷりのグロスで潤んだドレンチェリーを思わせる唇をゆっくり開き、

「ありがと、……で、も、ダメくない?」と、告げた。


なんでと言った顔をするので、一番に大丈夫と言ってくれたのは意中の近藤だったが、

拾ってくれたのは市井だったから、あまりターゲットに印象を与えられなかったと説明した。

  手渡しが近藤くんじゃなきゃさ

  私ただの散らかし女


眉を垂らし残念さをあらわす結衣に、里緒菜は口を歪め目を見開き般若のような顔面を作り言った。

「大丈夫だって、不気味なくらいドジッ子な女が隣のクラスに居る程度は記憶してくれてるって」

「ほんまそれ。それにこんどー……あの人さ結衣が拾ってる時にずっと結衣見てたし。きもいくらい見てたから、大丈夫だってば」と、

愛美まで変な感じで励ましてくれる。


なぜいつも一番欲しい音をくれるのだろうか。

もしかすると二人は手力のある超人、あるいはタイツが似合うエスパーなのだろうかと馬鹿なことを勘繰る。


世間では日本語の乱れについてあれこれ嘆かれているけれど、

女子高生において言葉遣いがしっかりしている人は、

相手を喜ばせたり癒したり、お喋りに単語をセンス良く使える人を指し、

敬語が堪能でも会話の中身がつまらない人は、全く該当しないらしい。


なぜなら、日常会話に限っては誰かの心に伝わらないと無意味だからなのだそう。

主語述語に完璧は必要なくて、ニュアンスによるコミュニケーションが重要視されるようだ。

社会人が聞いたらびっくりな概念かもしれないが、それが彼女たちのチープな美学らしい。


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