揺らぐ幻影

フックのピアスはカーブがゆるいと、何かの拍子に抜け落ちてしまいがちで、

お気に入りを無くしたとショックを受けるも諦めていたら、

髪の毛にひっかかっていただけで、不意に見つかった時ばりに、

愛美と里緒菜のフォローを耳にした結衣のテンションは急上昇する。


  !見てて、見てたの?

  じゃあネイルっ! フレンチ!
  爪可愛いって見てくれたり?

  かみ、今日……

  髪うまく巻けて良かった

  、よかった

  ――――良かった!!

さっきまでうじうじしていた藍色を打ち消し、だんだんと桃色の期待が頭の中を染めていく。

他の何でもなく二人の発言がこんなにも感情に影響するなんて、親友は自分専属恋愛アドバイザーだ。

相談者のモチベーションを簡単に上げることができるのだから、非常に実力があると思われる。


天井付近に溜まるぼやけたチャイム音が、生徒を朝の会へと促す。

夜に残った冷気と人口密度の増した熱気が混ざり合う教室で、

自分の席に着くも気持ちは落ち着かない。


後ろの壁一枚剥げば近藤のクラスで……E組に入りきらなくなった想いは、とっくの昔に廊下へ溢れているのだろう。

ひょっとすると、F組の教室にも既に充満しているかもしれない。


  “大丈夫”だって……大丈夫、とか

  やばいよ話したもん

  声! かけてくれた! 無視せずに!!

本当に苦手で生理的に無理なら声をかけないだろうから、自分はまだ大丈夫なはずだし、

仮にそのような無理めな女だと彼に認識されていても、苦手なタイプに声をかけたなら近藤は親切な人ということだし、

つまりどっちにしろ幸せだった。


頑張って良かったと自画自賛できる大満足な一日の始まりに、

気を抜いたら『しあわせ』と、叫びそうで、慌てて両手で口を覆った。

机の下でばたつく足にまで注意は及ばなかったけれど、結衣は彼に見合う女の子らしくなりたいと願った。


今日は大丈夫という言葉の威力を体感した記念すべき日だ。

何気ない台詞は大切な音をしていた。

彼女の感じ方や考え方が大袈裟過ぎて第三者からすれば理解に苦しむのだろうけれど、

片思いハッピー術は結衣角度だと最高だ。

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