揺らぐ幻影

おざなりな朝の会から続けて、担任の授業が始まった。

海外旅行もしないし洋楽も聴かないし、洋画は吹き替えを見るから、

中学で単語覚えに早々くじけた結衣は、英語の時間を真面目に取り組んだことがない。

どのくらいかというと、火曜日と木曜日の綴りを口答で述べるには自信がないレベルだ。


深い緑色をした黒板には、消した時に残りがちな白い線がおおざっぱに浮き出ていて、

昨日の日直のガサツな性格が浮き彫りだった。

こんな風に何を元にいつ近藤に評価されるかは分からないのだから、

言動に責任を持たなくてはならない。

些細なところに垣間見れる素に、結衣は気をつけようと思う。


手始めに、たまにはお利口さんにノートをとろうと思った瞬間、

ブレザーに入れていた携帯電話が揺れた。

担任が背を向けた瞬間に急いでさっき散らかした筆箱の中に入れ、そっと画面を開く。


ちなみに授業中にメールをしているのを見つかり携帯電話を没収されると、

その日は一日『○組の○○がケータイばれたって』と、武勇伝となり語り継がれる高校生の謎。

なぜ注意される行動をとると、皆から讃えられるのかは不明である。


《近藤の名前あだな考えよ。コンちゃん? バレるかな》

着信メールは里緒菜からだった。

結衣たちは必要最低限しか改行はしないが、周りの子はやたら空白があり、例えば、

《近藤の名前
 あだな考えよ。

 コンちゃん?

 バレるかな》

――といった具合になる短文メールがいつを境に流行り出したのは不明である。

読みやすいからなのか、カワイイからなのか、皆がしているからなのか、同世代でもさっぱり分からない結衣だ。


友人からのメールを読んだ彼女は、やっぱり授業中ということを忘れてしまっていた。


  あだな?

もう頭の中は好きな人についてのお勉強を始めてしまっていた。

だから、片思いは一種の夢中病だ。
現実から抜け出して甘い世界に勝手にトリップを始めるのだから、手に負えない。

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