揺らぐ幻影

スクロールすれば、学校で特定の男子の名前ばかりを言うのは危ないと書かれていた。

  そっか

  みんな地獄耳だし
  ゴシップネタはすぐバレるし

  近藤ってそっか、
  学年一人だし

好きな人がいることをクラスメートに伝えなくても、三人が近藤近藤近藤と連呼していたら、

それは愛を告白しているようなもので、カミングアウトにすぎない。


従って、偶然奇遇作戦を知っている者だけに通じるターゲットを指すあだ名を考えることにした。

ばりばり授業中だけれど、片思いに一生懸命な乙女は気にしない。


こんな風に高校生は時々サボることも必要だと思う。

色んな意味で大切な何かを見つけることができるから、真面目オンリーライフのみも勿体ないはずだ。

とはいえ、毎回毎回となるのは褒められないし、優良生徒立場では邪魔でしかないのだけれど。


《ポンポンは? コンコンのキツネに便乗してタヌキ》

《ださ、結衣センスない、ポンポコは? 平成》

恋に関するメールを打つ時は、ベテラン事務員さんが電卓を叩くのに似た指さばきになる。

真剣に、夢中に、没頭できる。


もはや担任の目を注意して携帯電話をいじることも、自分の言動に責任を持つことも頭から抜け、恋一色だった。

どうして恋心にのめり込むと周りが見えなくなるのだろうか。

例えば隣の席の人が結衣の足元に消しゴムを落としたことに気付けなかったり。


彼女は何か大切なことを見落としたりしていないのだろうか。

それは今が過去にならないと分からないことなのだろうが、

きっと気付いた時に今を悔やむのだろう。


《やだーたぬき過ぎ。にゃんちゃん、ってもはや猫か》

このような付き合う前の好きな人を想う時間は何よりも楽しい。

前から欲しかったシフォンスカートがバーゲンで半額になって買えた時よりも、

テストで部分点がもらえた時よりも幸せで楽しい瞬間と言える。


あなたの青春は?と尋ねられたら、恐らく今の結衣の状態だった時代を多くの人は答えるだろう。

ろくな会話もない付き合う前の淡い時間、を――

妄想だけで明るい未来を描ける唯一の時期を有り難がるなんて、非常にエコで地球にやさしい女子高生だ。

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