揺らぐ幻影
「うわー、ごっめん、ごめ、うそ痛いー、ごめんごめんすいません!」
すみませんとすいませんの違いは何だったろうか――と、そんなことを考えている場合ではない。
落ち着いて状況を整理しよう。
どうやら結衣は奥とのガールズトークに夢中で、ラケットを持っていたことを忘れていたようだ。
だから意気込んだ拍子に手の平からこぼれたそれは――
「たがみーDVはんたーい」
「破壊王かよ田上さん」
休憩をしていた市井の頭にぶつかっていたらしい。
ゴッツンと玩具みたいな分かりやすい音がしたし、彼の額は赤くなっていた。
全くなんという確率で床ではなく人間を選んだのか、そして好きな人の友人に的中したのか。。
ついていないったらない。
いいや、見方を変えればタイミングが良いのだけれど、初恋ガールは好機に結べないもので、
なかなかハードルが高い状況だった。
「ほっ、けんしつ、行くです?」
最悪、最悪、ドアホ
タイミング悪
よりによって何故――
被害者の市井の隣には近藤が笑いながらこちらを見ている。
そうなると、ますます結衣はどうしていいのか分からなくなってしまう。
確かに鞄の中をぶちまけるドジは演じたが、あれは構ってちゃんセルフプロデュースであって、
こんな風な正真正銘のドジっコにはなりたくない。絶対にごめんだ。
典型的な痛いタイプにはなりたくない。嫌だ。プライドが許さない。
「田上さん暴力ー」
「イッチー可哀相」
クラスの男子に野次られて、顔中赤くなった彼女は余計慌てるしかできない。
今までは計算して小悪魔装い近付いていたが、このように不意打ちな接点はなかったのだ。
愛美と里緒菜が居なければ、近藤はある意味宿敵でしかなく――
そう、こちらから向かうにはいいにしろ、向こうから来られると大変混乱してしまう。
なんとまあリクエストが多いこと、ここは例の如く我が儘ルールではなく初々しい法律と捉えてあげよう。
も、やだ
どしよ、どーしよ最悪
なんとかして危機的状況を回避したい結衣だけれど、好きな人の前では頭なんか働かないから厄介だ。