揺らぐ幻影
聞いてみたいことがある。
正に今、近藤は自分の友人にラケットをぶつけた女が、
あの噂の田上結衣だと認知してくれているのだろうか。
そしてこの厄介な女が、散々“タガミユイ”だと持ち上げられたことを知っているのだろうか。
この際どちらも分からなくてもいい。
友人に危害を加えた女に何を思ってくれているのか。
少しは……気になる女の子としてチェックしてくれやしないのだろうか。
彼女キープリストに入れてくれたなら、結衣は最高に嬉しいのだけれど、
やっぱりプロフィールもろくに存じ上げない相手の胸中は謎だ。
「滅相もないです、うわ、ほんと……ああ、お怪我はないですか?」
すっかり乱れた証拠に、同級生に対してアルバイト中の敬語を使い、
それが余計に周りからは面白いとばかりに笑われていることに気付けない。
恋に夢中だと自分のキャラさえ忘れて必死になってしまう。
「大丈夫だって。田上さん」
唇に手をあてて笑う市井の奥に居る近藤を見ると、おかしくてたまらないといった満面の笑みを向けられた。
歯を覗かせた顔は可愛くて、肩を揺らす仕草が可愛くて、要するに存在が可愛い。
笑ってる
近藤くん笑ってくれた!
――彼が笑うならば結衣は幸せだ。
少しは面白い女と印象付けることはできただろうか。
何せ今笑っている理由に結衣が関わっていることは紛れも無い事実で、
だとしたら体育館のエキストラたちに、ありがとうと握手をして回りたい。
あなたたちのお陰で好きな人が笑ってくれたのだと、時間が許す限りの感謝をしたい。
屋根に落ちる雨が激しい音を立てて冷たさで包むのでさえ、まるで拍手のようではないか。
世間では、恋はタイミングだと謡われる。
なんて結衣は恵まれているのだろう。
好きな人のピン球を拾って、好きな人の友人と喋って、そんな絶好のチャンスが舞い降りる三流の奇跡に感激してしまうではないか。
けれど、普通な女子高生のリアルな世界は、キラキラ恋愛の甘いだけではいかないものだ。