一なる騎士
 セイファータ城に帰り着くなり、公爵の居室に案内された二人を迎えたのは、思いもかけない罵声だった。

「この馬鹿息子めっ! お前はいったいどういうつもりだ。この大事なときに『一なる騎士』殿を連れまわして。そのうえ、自分だけ先に帰ってきただとっ!」

 公爵が血相を変えて、自分よりも縦も横も大きい息子を叱りつけていた。

 しかし、悲しいかな、相手があのエイクと来ては糠に釘。柳に風。何の効果もないどころか、返答はあくまでずれていた。

「ちょっと遠乗りに誘っただけじゃないですか。美人を誘わないのは男の名折れだし」

「美人っ! 男の名折れ! はっ! 何を言っておるんだ。あきれてものも言えんわ。だいたいなんだ、それはっ! 三十も過ぎた男の格好かっ!」

 公爵の叱責は、息子の珍妙な格好にまで及ぶ。が、これも効き目がない。

「え? 似合いませんか? 似合ってるでしょ」

 エイクはくるりと一回転までしてみせる。
 もちろん、火に油である。

「そういう問題ではないわ。ええい、もうよい。目障りだ。出てゆけっ!」

「えーん、父上がいじめる」

 嘘泣きをしながら出て行くエイク。
 青筋を立てて怒りの表情のまま、深々とため息をつく父。

 どうにも珍妙な一幕である。

 しかし、無言なままリュイスは感心していた。

(よくもまあ、そこまでできるものだ、エイク殿は)

 単なる衣装倒錯者なだけでないエイクの一面を見たリュイスとしては、公爵に同情したくなる。

「あれには期待していたのに。小さい時分は出来もよかった。いったい、どこをどう間違えたのだ」

 どうやら怒りのあまり、リュイスたちの存在にまったく気づいていない公爵がぶつぶつと嘆く。案内してきた若い侍従は、公爵の剣幕にとっくに逃げてしまっている。
 
 しかたなくリュイスは公爵に声をかける。

「公爵閣下、今戻りました」

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