一なる騎士
 物思いに耽るサーナをよそに授業は淡々と続いていた。

「ふつうは人によって相性があって、すべての精霊を呼び出せるわけじゃないの。でも、『精霊の愛し子』は別。すべての精霊を呼び出せるし、使うこともできる。昨日、呼び出しの精霊文字を教えたでしょ、やってみて」

「うん」

 幼い指が空中に文様を描く。ためらうこともなく。

『封の館』の周囲には結界が張ってある。精霊たちはたとえ喚ばれても入ってはこれないから、実際に呼び出されることはない。どんなに無茶をしようが実害はない。

 しかし、注意深くその様子を見ていたアディリは、いきなり小さな指をつかむと止めさせた。

「だめだよ、それじゃ。教えたでしょう。精霊文字は単に描けばいいと言うものじゃない。ちゃんと集中して、心をこめないと意味がないの」

 精霊文字は単に描くだけでは力を発揮しえない。宙に文字を描くことによって、意志を空間に刻む。それによって初めて精霊の力を得ることができる。

 知らない人間はよく勘違いしがちだが、精霊文字は単なる手段に過ぎない。精霊を自在に動かすためにもっとも必要なのは集中力と強い意志である。

「ごめんなさい、先生」

 しゅんとうなだれる姫に、アディリは眉をひそめた。

 今日のセスはどこか上の空だった。いつも彼女の授業を一心に受けているのに、どうにも集中力に欠けていた。

 しかし、いつも姫のちょっとした変化にも敏感なサーナも、今日ばかりはまったく気づかなかった。自分の思いに耽るばかりで、手もろくに動いてはいない。広げた針仕事もさっぱり進んでいなかった。

 と、ふいに手元が暗くなる。

 温かみのないぶっきらぼうな声が降ってきた。

「何か用があるなら言ってくれない?」

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