一なる騎士
「彼は力を欲しがっていた。だれにも負けない力を。ナクシャーを選んだのは彼自身なのでしょう。彼は『一なる騎士』、聖別するものでもあるのだから」

「ふうん、女神の力を借りることが出来ると言うのなら、リュイス君の圧勝かあ。準備が無駄になったか」

「準備?」

 クレイドルは思わず不審げな声を漏らす。暗殺は却下されたはずだ。
 しかし、エイクは灰色の瞳を面白そうに瞬かせた。

「まあ、一応ね。『一なる騎士』様は己に楯突くものを完膚なきまで成敗しなくてはならない。ここで負けさせるわけにはいかないわけだから、手段は選べない。とにかくリュイス君が勝利したと言う事実を作ればいいんだし、手はいくらもあるよ。幸い父上はそういうのがお得意だ。ちょっとつついてやれば、東西奔走で、準備万端」

(けっきょく動いたのはセイファータ公爵と言うことか)

 クレイドルは心中密やかにため息をつく。自分もリュイスのことを世間知らずなお人よしだとは笑えない。世の中には暗殺以上の汚い手段があることを知っていたはずなのに、思いつきもしなかった。

「真実とは違った事実を作ろうと言うことですか? 彼は知っているのですか」

「まあね。必要はないとは言ってたが、止めようともしなかったな」

「昔の彼なら、血相を変えてやめさせたでしょうが……」

 エイクの簡潔な答えにクレイドルは眉をひそめた。

「いったい、彼はこれからどうなってしまうんでしょうか」

 戦いの女神ナクシャーを選んだ彼の行く末にはなにか大きな不幸が待ち構えている。そんな不吉な予感が精霊使いの長をずっと悩ましていた。

< 154 / 212 >

この作品をシェア

pagetop