一なる騎士
 間近に見えるのは剣を握る無骨な男の腕。しかし、そこに細くなよやかな女の腕が重なって見えた。

 瀕死のアスタートを見やるのは黒曜石の瞳。冷え冷えとした闇のようなそれは、勝利の喜びどころか何の感情も伺えない。

 ふいに目の前が暗くなった。

 身体が重い。

 指先に力が入らない。

 剣が手から滑り落ちた。

 火を飲み込んだかのようにひりつく喉を振り絞ってかろうじて出たのは、かすれた囁き声でしかなかった。

 それでも尋ねずにいられなかった。

「お、お前は何者だ?」

 苦しい息のもとでの問いかけにも『一なる騎士』に動じる気配はない。

「私は『一なる騎士』だ」

 ためらいもない返答。それに重なって聞こえてきたのは、女の軽やかな笑い声。

 しかし、今アスタートが思うのはただひとつ。

 守りきることが出来なかったと。

 受けた衝撃以上に胸に痛い後悔。

(陛下……)

 銀の閃光が視界を横切った。

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