一なる騎士

(9)帰還

 子どもらしい笑い声が扉の向こうから響いてきて、サーナはドアノブに伸ばした手を思わず止めていた。

(あの子、ずいぶん変わった)

 姫の教師としてやってきた少女アディリ。
 始めに紹介された時には、病的なほどに蒼白かった彼女の顔色も今ではずいぶんと良くなり、頬にもうっすらとではあったが、血の色が通い前ほどに神経質そうには見えなくなった。

 まだサーナには打ち解けてくれないが、最近ではセラスヴァティー姫の前では、年相応の生き生きとした表情をかいま見せる。いつもの彼女の淡々とした味気ない口調もやわらいで、ずいぶん優しく話しかける声も耳にする。

(クレイドル様は、もしかしてこうなることを予期していたのかしら?)

 だから、あの子を姫の教師によこしたのだろうか?
 しかし、尋ねようにも肝心の精霊使いの長はここにはいない。

 十二歳にして、どうしてこんなにも心を閉ざすのか、サーナには最近少しわかったような気がしていた。アディリは何か大きな引け目を抱えている。それを隠そうと精一杯強がって必要以上に人を寄せ付けようとしないでいるように見えた。

 そして、それは酷く思い出させるのだ。
 昔の、セラスヴァティー姫の生まれる前のリュイス様を。

 主と定めた王に認められずに懊悩していた少年に。
 話しかければ一応返事はしてくれたが、とても素っ気ないものでアディリほどではなかったにしろ、たしかにかなり無愛想だった。

 その彼が変わったのは、姫が生まれてから。

 今のアディリもまた幼く無邪気な姫に救われているのだろう。
『一なる騎士』がそうであったように。

(リュイス様、どうしているのかしら。もしかして、今ごろはもう……)
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