一なる騎士

(3)精霊の嘆き

 広大な城の奥庭。

 鬱蒼とした森にむかう小道をたどれば、木々の間に隠れるように建つ小さな建物がある。

 朱色の屋根に白塗りの煉瓦の壁には緑の蔦が這い、周りの小さな花壇に可愛らしい花々が、彩りよく配置されている。遠目には瀟洒な印象すら与えるが、よく見ればつぎはぎをしたかのように不格好である。
 
 半分が古くて、半分が新しい。
 もともとは庭師たちの用具小屋。
 それを増築して、今は『大地の王』の幼い姫の住まいとしているためだった。
 
 そこから、美味しそうな匂いが漂っていた。

 開け放たれた窓から若い女性の声がする。

「姫様、ちゃんと召し上がらないといけませんよ」

 姫君付きのたった一人の侍女はサーナ。

 セラスヴァティー姫の誕生時は、王妃の小間使いであった少女も、ここ四年の間に見違えるほどに美しくなっていた。

 子どもぽさが抜け、代わりに大人の女性らしいしっとりとした落ち着きを得、色っぽいとさえ言ってもよかった。
 
立ち居振る舞いもどこか優雅で、王妃の小間使い時代のがさつさはどこにもなかった。宮廷には言い寄る男も多い。けれど、いまの彼女の人生は、幼い姫君とその騎士のためのものだった。

 真っ白いテーブルクロスをかけた食卓に乗っているのは彩り鮮やかな上に、子どもの喜びそうな可愛いらしい盛りつけの料理。

 トウモロコシのスープには、星形に切られた赤い根菜が浮かんでいる。緑鮮やかなサラダには、赤い実の甘い果物がちりばめられている。貴重な香辛料で味付けをし、クリームで柔らかく煮込まれた肉は、食べやすいよう一口大に切り分けられている。

 焼きたての黄金色のパンは、香ばしい匂いを振りまいている。

 けれど、当の姫君は、小さな手を膝の上に揃えたまま、サーナの心づくしの料理を、口に運ぼうとはしない。

「あの子たちが泣いているんだ」

 悄然とうつむいたまま苦しげにつぶやく。

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