一なる騎士
 慎重に尋ねる。

「なぜ、ですか」

「陛下には、姫は有害だ。陛下が変わられたのは、あの姫が生まれた頃からだ。それ以前は酒に溺れることなどついぞなかった方だ。まして、自分で自分を傷つけるなど。すべては、あの姫のせいだ。姫の姿さえ目に入らねば、王も平静に戻られよう」

 姫を真の主と仰ぐリュイスにとっては、それはとても承伏できぬ言い分だった。

「貴方は、王のご乱行を姫君のせいだと言われるのか! あんな幼い無垢の子どものせいだと、言われるか!」

 けれど、リュイスのあからさまな怒りを、アスタートはまったく意に介すふうもなく、淡々と続ける。

「誰のせいでもない。たぶん、単に相性の問題なのだろう。あの姫は、かわいらしく心優しい御子だ。しかも、類い希な、その存在だけで他を圧倒するほどに。宮廷中の人間で、あの子に惹かれぬものなどおらんだろう。この俺とて、例外ではない。だが、陛下はどうしてもあの姫君を愛することが出来ぬ。それが、心苦しくてならぬのだろう。陛下は本来、完璧を志す方だ。平静に戻られる時間を作ってやりたいのだ」

 時間。

 急速に費えようとしている命の炎。

 何代にも渡って培われてきた、精霊使いたちの結界の中でもセラスヴァティー姫の安全は保証できないという。それほどに、姫と精霊たちとの絆は強い。王が己を取り戻すのを、悠長に待っていられるかどうかはわからない。

 けれど、今、このとき、利害は一致していた。

「わかりました。姫を城外にお出しすることについては、私にも異存はありません」
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