一なる騎士
 彼がなにか心当たりを持っているのは明白だった。
 本人は巧妙に隠しているつもりだろうが、本の表紙を読むよりもたやすい。
 落ちついて見せようとしているが、内心殺気立っているのがわかる。

 殴り込みに行きたくてたまらないのを、必死に押さえているという体だ。
 しかし、アスタートは、それ以上は追求しようとは思わなかった。
 彼の大事な姫君に関わることだ。

 話す気があるなら、最初から話すだろう。
 問いつめたところで、どうにかなるわけでもない。
 いったん事を決めれば、決して簡単に曲げようとはしない、強い意志の持ち主であることを、アスタートは知っていた。

 十数年の間、『一なる騎士』の成長を見るともなく、見てきたのだ。
 何の後ろ盾もなく、ただの怯えた子どもだったときから、真っ直ぐな志を持った青年に成長を遂げた、今ににいたるまで。

 好ましい若者に育ったものだと思う。
 ただ、その強い意志ゆえに、何をしでかすかわからない性急さが、危ぶまれてならなかった。

 それが、単に若さのせいなのか、『一なる騎士』として彼が背負ったさだめのせいなのかまでは、アスタートには判断がつかない。
 しかし、そのために、すべてをひっくり返されるわけにはいかない。

 アスタートもまた危ない橋を渡ってる。
 王に一時的とはいえ、姫の所在について嘘をついてるのだ。
 ことがしれて、王のご勘気を受けない保証はどこにもない。

「とにかく、姫の御身の安全を確保するまでは、たやすくは動かないことだ、リュイス殿」

「是非もない」

 探るような強い眼差しが返ってきた。
 彼もまた、『一なる騎士』ゆえに、幾度かの挫折と辛酸をなめてきたのだ。若くとも、時を待つ賢明さを、むやみに事を起こす愚かさを、知っていた。 

(いずれ、敵対せねばならぬときがくるのか。残念なことだ、『一なる騎士』殿)

 王の最大の信奉者であるこの男は、そう確信していた。
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