一なる騎士

(2)嵐の幕開け

 小姓の手から盆を無理やり奪い取って、リュイスは王の寝室に向かった。
 扉を開けた瞬間、むっとしたにおいが鼻についた。
 濃厚な酒の臭いが抜けていない。

 中は薄暗かった。
 分厚いカーテンが引かれて、外の日差しが遮られている。
 目がよく慣れないうちに声がかかった。

「なぜ、お前がここにいる」

 聞き覚えのある、とりつくまもない冷然とした調子。
 けれど、記憶にある凛としたよく通る声ではない。
 その変化に目眩にも似た感を覚える。

 しゃがれた耳障りな声。
 毎夜つづく深酒に、喉をやられてしまったのだろう。
 広々した部屋の奥、天蓋のある大きな寝台の上で人の動く気配がした。

「お久しぶりです、陛下」

 ようやく薄闇に目が慣れたリュイスは背筋を伸ばし、なんのためらいもなく寝台に向かう。水差しとコップが乗った盆を側のテーブルにおいた。

「『一なる騎士』殿が、小姓の真似事か」

 揶揄の言葉にも、リュイスはまったく動じなかった。

「空気が悪いですね。窓を開けましょうか」

 寝台に半身を起こした王の返事は、あいからず冷たかった。

「おけ。用があるなら、さっさとすませろ。これでも忙しいのだ」

 視線を王の顔にむけたリュイスは、息を飲んだ。
 薄闇の中、それでも王の変貌ぶりは明らかだった。
 ここ数年の不摂生が祟っていた。

 鍛え上げられた筋肉も衰え、肥満の兆候が見てとれた。
 毎夜のごとく酒宴を続ければ、無理もないことだった。

 張りのあった肌もたるみ、目の下には隈が出来ている。ひどく疲れ憔悴した表情。まだ四十にもならないと言うのに、ずいぶんと年寄りじみて見える。

 昔はつややかだった赤毛も艶を失い、白髪が混ざりはじめている。

 そして、何よりその瞳。
 どこか落ち着かなげで、焦点が定まらない。
 ひどく、ぎらぎらと狂おしげに輝いている。

 

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