一なる騎士
 笑いの去らぬまま王はさもおかしげに、切れ切れに答えた。

「お前は、なぜ、それを、私に頼む、のだ? お前の、お前の、『王』に、頼めば、よか
ろう」

「私の『王』?」

 ヴィドーラはリュイスににやりと笑いかけた。

「教えてやらねばならぬのか? あの姫は生きておるのだろう。私は、あの姫のための繋ぎに過ぎないのだろう?」

 奇妙に優しげな声が、リュイスを脅かす。

「そんなことは……」

「嘘はもっと上手くつくものだ。お前の考えなど先刻承知だ。お前がためらっているのは、私があの姫の父親だからだろう。私を王座から引きずりおろせば、あれに憎まれるとでも思っているのか。笑止千万なことだ。あれは、まさしく生まれながらの娼婦なのだと言うのに」

「な、何をっ!」

 リュイスは顔色を変えた。真の主と心に決めた姫を娼婦などと侮辱されて平静でいられるわけがない。

「あんな愛らしく、無垢な姫君を、娼婦などと。仮にも陛下の御子でしょうっ!」

 王の肩をつかんだままのリュイスの手に、知らず力が入っていた。

 しかし、ヴィドーラは気にかけるふうもない。

 黒に近い深緑の瞳はリュイスを通り越して、遠くを見ているようだった。

「我が娘ながら末恐ろしいことだ。宮廷中の人間をたぶらかし、思うがままに引きずり回し、挙げ句、『一なる騎士』さえ私から奪った」

 王の瞳に宿る狂おしい輝きが増した。



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