ボーダー
車を降りて、駅に入る。

「確かに、日本と違うね……
もう10分も遅れてる。」

「日本ならアナウンス入る頃だ、
日本はすごいんだな……

自分の国の有り難みが分かるのも、海外旅行あるあるだね。」

「ほんと、そうだよな……」

そんな会話をしていると、やっと電車が来た。

ツインタワーは、見上げると高い。
日本の東京タワーくらいな感じ?

紀伊國屋書店では日本の書籍まで並んでいた。
マレーシアが親日だということが、ここからも感じ取れる。

ツインタワーのテナントをあらかた見回った頃には、もう18時になっていた。

すると、後ろからトントン、と優しく肩を叩かれた。

徹も、誰かに肩を叩かれたようだ。

「明日香さん?
いつも業務ではお世話になっています。」

アルトトーンだが、芯の強さが声でわかる。よく通る声だ。

ワインレッドのワンピースに、黒いタイツに黒いブーツ。グレーのファーコート。
柊 志穂さんその人だった。

「志穂さん!?
どうしてここに?」

「貴方の義理のお兄さんと、お付き合いしておりまして。
改めて、柏木家で親交を深めるパーティーをやる。
遅かれ早かれ紹介することになるんだから家族揃って一緒に来てほしい、って康一郎から言われて。

両親と妹は、先にホテルの部屋で休んでいてもらっています。無理を言って、先にホテルにチェックインさせてもらいました。
彼らは時間になったら来るって言ってましたから。」

「そういうことだ。
顔見るのは久しぶりだな、親父も弟も。」

亜子さんが、義理の兄をぎゅっと抱きしめる。

「康一郎?康一郎なの!?
大きくなって……
ごめんね、貴方にも、本当に寂しい思いをさせたわね。」

何やら自分の父親とヒソヒソ話しているお義兄さん。

「志穂、俺の親父とは離婚したんだが、離婚する前に俺を産んだから、一応、俺の母親だ。
こっちは、ちゃんと俺の父親。」

「初めまして!
柏木 康一郎さん、息子さんとは、結婚を前提にお付き合いさせて頂いている、柊 志穂と申します!
ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「よろしく。
ウチの息子、母親がずっといなかったから、貴女にたくさん甘えると思うけど、よろしくね?
私に少し似て、気が強いところもあるかしら?ウチの息子の康一郎をよろしくね。」

「こちらこそ、よろしく頼む。
康一郎、ちゃんと、1人の男として、責任を持って志穂さんを幸せにするんだぞ。」

康介さんは、亜子さん、つまり私の継母と離婚して、再婚したが、その奥さんとは死別している。
康介さんがその台詞を言うと、とても重みがある。

「挨拶は終わったようだね。
すまない。このパーティーを言い出しっぺの私が、少し遅くなってしまった。」

しっかりスーツを着込んだ父親が登場した。

機長の制服とは、貫禄が違う。

スーツ越しでも、しっかりと身体が鍛えてあるのがわかる。

「お父さん……!」

ぎゅ、と父親に思わず抱きついて、目に溜まった涙をぐい、と拭う。

ここは親子の再会を喜ぶ場ではあるが、そこまで長く時間をかけられない。

「徹くん、だね。
娘をよろしく頼む。
この子を必ず、幸せにしてあげてくれ。
寂しい思いをさせたからな。
その分、君が明日香に愛情を注いでくれるなら私も嬉しい。」

「はい、必ず。」

私の父の顔をしっかり、まっすぐ見つめる徹。
頼もしいな。

パーティー会場になっているレストランに入ると、既に柊家の面々が揃っていた。

一目散に私に駆け寄って来たのは、ネイビーのオールインワンドレスを着た女の子。

「南明日香さんですね?
姉から話は聞いています!
とっても思慮深く、頭の回転も早いのに明るく気さくな方だと!
初めまして!
志穂の娘の柊 南穂《ひいらぎ なほ》です!」

奈穂ちゃんは、姉に似て明るく、人懐っこい女の子だった。

康一郎お義兄ちゃんと、康介さん、それに亜子さんは、志穂さんと南穂ちゃんの両親、祖父母と代わる代わる挨拶を交わしていた。

それが終わったあと、私の父が乾杯の音頭をとって、私と徹の婚約を祝い、乾杯をした。

そして、思い思いに料理を囲んでの歓談が行われた。

「お父さん、これからどうするの?
パイロット、引退するんでしょ?」

「んー?今はゆっくりする。
これからのことは、ゆっくりしてから考える。
長くキャリアを積んできたから、飛行機やヘリには携わっていたいんだが。」

康一郎お義兄ちゃんと、志穂さんは、南穂ちゃんに質問責めをされている。

お父さんは、お母さんに話しかけに行ってしまった。

「明日香。
良かったな。
兄貴から連絡があった。
長らくエージェントルームを縛っていた規則、撤廃されたんだろ。
良かったな。
学生で青春まっただ中のアイツらも、喜んでるだろ。」

「そうだねー。」

パーティーは、それぞれのタイミングでお開きにしていいことになっている。

足元がおぼつかない。
少しお酒を入れすぎたかもしれない。
普段からあまり量を飲める方ではない。

その様子に、徹は気付いただろう。

しばらく、康介さんと、亜子さんと何か話していたかと思うと、私を背中に背負わせて、会場を出ていった。
< 114 / 360 >

この作品をシェア

pagetop