ボーダー
空港に着いて、徹と一緒に住んでいる家に向かった。
その前に、空港近くの温泉施設で軽く汗を流すという、寄り道はしているのだが。

荷物を置くと、着ていた花柄ワンピースはそのままに、リビングの棚からクリアファイルを取り出した。

クリアファイルの中身は婚姻届。
証人欄以外は記入されている。

「行くよ?明日香。」

「待って徹。
15分だけ。
髪直して、このままエージェントルームのクリパ行くならちゃんとした服着たい。」

「んー?今のままでいいじゃん。
エージェントルームだぜ?
ドレスコードも何もないっての。

しかも、今日これから行くところは別のホテル結婚式場の下見。
そこに泊まるんだよ?

しかも、エージェントルームのパーティーは明日!
着たいっていうちゃんとした服のお披露目は明日でいいんだよ?」

「え、そうなの?
ってか徹!
知ってたなら早く言って!」

「俺は言ったけど、明日香は眠そうにしてたんじゃん。」

え、そうだっけ……
確かに、帰りの飛行機の機内で徹が何か言っていたような気もする。
確かに、ウトウトしていた。
そう思いながら、着ようと思っていたピンクのチュールワンピースをしっかり保護して、スーツケースに入れる。

代わりに、袖のみがブラウス素材になっている
ニットワンピースを着た。
見えるのは鎖骨くらいだ。

髪をハーフアップにして、白いファー素材のピアスを着けると、徹のもとに向かった。

「明日香?
ニット素材着るの、できることなら俺の前だけにしてほしいな?
身体のライン拾うからさ、その下が想像できるからどうにかなりそう。
夜に責任とってよ?」

「徹のバカ!
そこまで身体もたないから!
急ぐんじゃないの?」

私は少し小さめのカバンを持って、徹は大きいカバン。スーツ姿と相まって、違和感がない。

厚手のファーコートを着ていても、容赦なく吹き付ける北風は冷たい。

「明日香、すぐに行けるように暖房とエンジンかけてある。
先に乗ってな?寒いだろ。」

「ありがと……」

小さくくしゃみをした私を見兼ねたのか、そう言ってくれる徹。

「どうせ、私が風邪引くと夜のお楽しみがなくなるからでしょ。」

「よくわかってるじゃん、さすが奥さん。」

徹の頭をぺし、と軽く叩いて、2人で向かった先は、超高級ホテル。

信号待ちのときに何やらハガキを取り出しては地図を眺めていた徹。
何だろう、と思っていたら、亜子さんから預かったと言って、朝に祖父母から渡されたそう。

「ここ、みたいだ。」

湾が近いホテルだ。
夜になると夜景が綺麗そうだ。車を停めると、康介さんと亜子さんがお出迎えしてくれた。

「あら、来たのね?
ここは、柏木グループが所持するホテルの1つ。

ビックリした?
本館は主に披露宴も可能な広い会場が2つある。
もう一つのタワー館は宿泊部屋になっているのよ。」

ロビーの広いラウンジには、先の便で帰ったはずの柏木一家もいた。

「おふくろと親父に引っ張られたよ……
康一郎と志穂さんも結婚式するなら、このホテルを使うといい。
この広さなら、たくさんの客を招待しても宿泊させられる、ってね。」

「んで?徹。
俺とか親父、志穂に頼みたいことがあるんだろ?」

徹は、カバンから大事そうに入れていた婚姻届を差し出す。

「証人欄に、押印と署名をお願いしたいです。
可能でしょうか?」

「分かったわ。この下見が終わるまでに書いておく。
康介と志穂ちゃん、先に下見をしたから、分かるわよね?
本館の会場内だけでも、案内してあげて?」

「はい。」

「行きましょう、明日香さん!」

志穂さんは嬉しそうに、私の手を引く。

最初に向かったのは、陽の光が柔らかく入る会場だ。
豪華なシャンデリアが目を惹く。

「プライベートガーデンまである。
草木や花々も、しっかり手入れが行き届いていて、招待客の気持ちも華やかにしてくれそうだな。」

「ここ、いいなぁ。」

「明日香さんたちにはピッタリです!」

次の会場は、こことは対象的に床やテーブル、椅子までモノトーンでまとめられている。

「私と康一郎は、こういうシックで落ち着いたほうが好みだからこっちにしようっていう話になってて。」

ね、と康一郎お義兄ちゃんの腕を組む志穂ちゃん。何よ、自分たちもラブラブのくせに。

プライベートガーデンを見て回っていると、
近くにあった、ちょうど2人掛けできるソファが目にとまる。
徹に、座るように促される。

「明日香、目、瞑ってて?
オレがいいって言うまで、開けちゃダメだよ?
いいね?」

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