ボーダー
さすがに脚にアザを作ったまま法廷に立つわけにはいかなかった。
そのため、一度家に戻って、タイツを履いてから日本行きの飛行機に乗った。
タイツは薄手のものしかなかったが、ないよりはずっとマシだ。

殴られまでして立った日本の法廷も後味が悪かった。

"証言をしないと病気のことを法廷中にバラす"と言って、司法取引をして勝訴した。

閉廷後に、証人の家族に怒鳴り散らされて何度も平手打ちされたわ。
アイツには、脚にキズをつけられ、今度は頬を腫らす羽目になるなんて思わなかったわ。

『あんな傷を抉るような、人のプライバシーでさえも勝訴への道具とするような勝ち方をして嬉しいか?
お前は……最低な検事だ。
人間的にもな。
そんな奴が、法廷の場に検事として存在している事自体に虫酸が走る。』

「パパなら完璧な勝利にこだわる人だから褒めてくれたはずよ。
いつしか、私はパパに褒められるために法定に立っていた。
父に依存していたのかしらね、十中八九。

蓮太郎が隣に並ぶのに相応しい、誇りを持って仕事ができる子になりたい。
そうは思っているけれど、どうしたらいいのかわからないの……!」

「蓮太郎……ごめん……
あなたには、日本で平和に暮らしていてほしかったから、言えなかったのよ……」

頭を優しく撫でられる。

泣いている子に親がそうしてくれるみたいに。
褒めてくれているのだろうか?
落ち着けと言ってくれているのか?

遠慮せずに、思い切り泣いていいと伝えてくれているのだろうか?

そのどれもが正しい気がした。

優しくて温かい手。

男の人の、香水の匂い。ふんわりと鼻をくすぐる匂いはシトラスだろうか。
落ち着くその香りは、私の目の前に蓮太郎がいることを示していた。

昨日の夜にも負けないくらいに、泣いている私を蓮太郎が強く抱きしめてくれた。

"よく言ってくれたな"

とでも言うかのように。

抱き加減が絶妙に調整されている気がする。
あまり力を入れると折れそうな身体を気遣っているためか。
苦しくなると薬の副作用による吐き気を懸念してか。

どちらにしても蓮太郎の腕の中は暖かくて、心地いい。
彼の香水の匂いを強く感じる。
私にも香りが移るほどだ。

彼の香水の匂いは甘すぎなくて、蓮太郎によく似合う爽やかさだから好きだ。
むしろ香りを移してくれるのは大歓迎だ。

……それにしても、蓮太郎からは優しさが溢れ出ている。
人を思いやる気持ち。
その優しさは、日本でずっと一緒だったという幼なじみと過ごす中で培われたのだろうか?

アイツとは180度違う。

まぁ、私はアイツの腕の中で泣くなんて一生しない。

腕の中で思い切り泣いたりできる人は、世界中探しても蓮太郎くらいだと思う。

なんか……心地よくて安心するのだ。

「あら?
もう、12時なのね。
お昼の時間だし、思い切り泣いたせいかお腹が空いてきたわ。」

多分皆、お腹空いてるはず。

村西さんも、蓮太郎も。
話すように仕向けられた、が正しい気もするけれど、ずっと言葉に出来なかった思いを吐き出せて、楽になった。
そのお礼、というにはおこがましいけれど、今回は私が作ることにしよう。

冷蔵庫の中を覗いて、少ない中でも料理に使えそうな食材を探した。
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