ボーダー
〈メイside〉

ゲームをやって、パスタを作って。
疲れたのだろう。
蓮太郎の肩に頭をもたせかけて、眠ってしまっていた。

そのはずなのに。
目が覚めたら、きちんと自分のベッドで横になっていた。

自分の身体から、微かに蓮太郎の香水が漂う。
もしかして。

私をベッドに寝かせてくれたの、蓮太郎なの?

眠い目を擦りながらリビングに降りて、蓮太郎を探す。
お礼、言わなきゃ。

「大丈夫よ。
……自然に目が覚めたところだから。
なんだか、普段よりぐっすり眠れたの。
蓮太郎のおかげね、きっと。

ありがとう。」

蓮太郎は、顔を赤くしながらも微笑んだ。
3人ですき焼きの鍋を囲んだ。
30分も経たないうちに食べ終わり、ソファーでまったりしていたところに、村西さんが声を掛けてきた。

「オレ……そろそろ行くわ。
レン、メイ。ありがとう。
楽しかったよ。

「あ……あの……村西さん!
明日……本部……伺っていいですか?
詳しい経緯をお話したいんです!」

ずっと黙っていても、心は晴れない。
心を晴らすには、全てを打ち明けるしかない。

夢のことも、話すんだ。

私には、仲間がいる。

泣いてしまっても、大丈夫だ。

そう思えた。


「あ、蓮太郎、先お風呂入れば?
私、洗い物してから入るから。
着替えは適当に置いておくね?」

「……ん。ありがと。」

ソファーで適当に新聞を読む蓮太郎に声をかけた。


この短いやり取りに新婚夫婦感が滲み出てる気がして、なんだかこそばゆくなった。
そんな生活を一瞬想像してしまったのは、許してほしい。

浴室に向かおうとした彼を引き止めて尋ねると、さも当然というかのように言う。

「あ!
言うの忘れてた!
蓮太郎、明日……一緒に来てくれる……よね?」

「言われなくても行くつもりだったんだけど?
また今日みたいに話してる最中に泣いたら、オレしか頼る人いないだろ?
メイが可愛すぎるから、行く途中で襲われたら困る。」

可愛いとかいう単語が聞こえた気がするが、どういう反応をすればよいのかわからなくてスルーしてしまった。

彼が浴室に向かって15分。
シャワーの音が聞こえる。

そっと着替えのバスローブを持って脱衣所のドアを開ける。
鉢合わせしては困る。
もしそうなったとして、目のやり場に困る。

……蓮太郎は、覚えててくれてるかな?
あの日、お母さんが失踪して、蓮太郎が初めてこの家に泊まったときにも……着てたものだよ?

……ライトが明るいせいかな?
よりくっきりと、蓮太郎のシルエットが映る。
いい意味で高校生らしくない、ほどよく筋肉の付いた逞しい身体。
……そこからは、かなり色気が溢れ出ている。

スモークガラスのドア越しなのに……それを見るだけで、私の身体が急速に熱を帯びる。

蓮太郎になら……

抱かれてもいい。

むしろ、抱いてほしい。

そう思ってしまう。

きっと彼なら、私の怖い記憶を、幸せな思い出に塗り替えてくれる。
そう思える。
私、重症なのかな?

それにしても、こうして2人でいるのは久しぶりだ。
この家で2人きりになるとやっぱりどうしても
4年前のことを思い出してしまう。

─4年前。

ある朝、いつもと同じようにご飯を食べようと思ってリビングに下りたら、テーブルの上の書き置きに目が止まった。

『メイへ。
……お母さん、しばらく帰らないけど、心配しないでね。』

そのメモの裏にも、何か書いてあるようだ。
急いで書いたのか、本当に手が震えていたのかは分からない。
いつもの母親の字ではないようにも見えた。

"ごめんね……メイ。
……今までありがとう。"

って…書いてあった。
とてつもなくイヤな予感がして、目の前が真っ暗になったことは、今でも鮮明に覚えている。

……ママが自殺しちゃうんじゃないかって怖くなって、ママを捜そうと家を飛び出した。
そして、誰かに勢いよくぶつかってしまった。

それが……蓮太郎だったの。
今、目の前にいるのはママじゃなくて、蓮太郎なのに……
なぜか安心した私は、彼の足元で泣き崩れてしまったのよね。

「蓮太郎……!助けて!
ママがっ……」

そんな私を抱き起こして、ぎゅってしてくれた彼は、泣きじゃくる私に優しく声を掛けて、リビングに連れて行ってくれた。
やっぱり彼も書き置きを見て、私と同じことを思ったみたい。

「メイ……これ……まさか……!」

「うん……!
だけどね…ママ、昨日もいつも通り、優しかったよ?」

「それなら……大丈夫。
……メイが思ってるような結果には、絶対なっていないって。」

そう言って私を抱きしめてくれる彼が……
私と同じく13歳だというのに、すごく男らしく見えた。
彼の胸に顔を埋めてひたすら泣いた。

家事は、洗濯以外は全てやってくれたし、私が落ち着くまで家にいてくれた。

……この日、なぜか私の断りなく勝手にシャワーを借りていた彼。
何となく、浴室の側にかけてあったバスローブを置いておいてあげたんだよね。

その記憶が鮮明に蘇ってきた。
いけない、長居しては鉢合わせる。

一糸纏わぬ姿の蓮太郎を見てしまうと、多分倒れるんじゃないかな、私。

その当時と同じバスローブをタオルと一緒に置いてリビングに戻った。

この日を境に、何となく蓮太郎をデーティングの相手として意識するようになった。

蓮太郎は勉強で手一杯みたいだったから、栄養バランスが偏らないように、たまに食事を作りに行った。
それがそのまま家デートみたいになっていったのは、自然な流れだったんだと思う。

買い物だったり映画に付き合え、と誘って来るのは蓮太郎の方だった。
嫌ではなかったし、隣にいられることは嬉しかったから誘いに乗った。

なんとなく察する文化のアメリカ。
私が誘いを断らない、ということは少なからず好意があると受け取ったのだろう。

それから、進展もしない宙ぶらりんな関係が続いた日、ある朝起きたら、村西さんと会った。

蓮太郎が日本に発ったから、空港まで送ってきたという。

私に何も言わないで、私の目の届かないところに行くなんてズルい。

そう言って、蓮太郎に向けられなかった感情を村西さんにぶつけた。

その後、彼から私への手紙を渡された。
差出人は、無言で日本に行った彼。

『メイへ。

無言で行ってごめん。
会うと、決心がブレそうで、言えなかった。

デーティングの相手、もう一人が日本にいるから、ちゃんと決着つけてきます。
99%玉砕だろうから。

そうしたら、デーティングの相手じゃない、本気で将来を考える本命にメイを指名したい。
オレが日本から帰る前に、連絡をするから、返事を考えておいてくれると嬉しい。

よろしく!

それじゃ、行ってきます。

元気でね。

蓮太郎』

なんなのよこれ。

こんな、文字で残る手紙で伝えるなんて、ずるすぎる。

本当に、罪な男だ、蓮太郎は。

この言葉があったから、頑張れた。
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