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その話をすると、私の周りに女性社員が集まって、私を軽くハグしたり、頭を撫でたりしてくれた。

話終わってからふと見ると、蓮太郎がずっと私の手を軽く握ってくれていた。

男性社員が、アイスコーヒーを出してくれた。
話疲れただろうから、喉を潤してくれという配慮なのだろう。

優しいな、この場所。

村西さんがもどかしそうにマウスをクリックした後、焦ったように尋ねてくる。

「メイ。
頼む!
ツラい記憶だと思うが、思い出してくれ。
睡眠薬とか飲まされたり……したか?」

何とか……微かな記憶を辿りながら答えた。

「確か…意識失う前……ほんの一瞬だけどチーズみたいな匂いがした気がするわ。」

上手く喋れていたかな?
涙で声が詰まって、全然言葉になっていなかったんじゃないかな。

その言葉に、蓮太郎が弾かれたように前を向いて、鞄から一回り大きい電子辞書のようなものを取り出した。

何やらブラインドタッチで単語を打ち込んでいるようだ。すると、村西さんが覗き込んで、感慨深げに言った。

「蓮太郎……お前……やるな!
さすがだ!
これが出てくるデータベースなんてめったにないぞ!?
これ作った人に会ってみたいくらいだ!

ガンマヒドロキシ酪酸、通称GHB。
速効性の強さにより、強姦目的に多様される代物だ……。
どこかの裏社会に通じている富豪が開発した、とまことしやかに囁かれている。」

村西さんの若干興奮気味なその声に、会議室からわぁっと歓声が上がった。

「薬品は分かったな。
後は、誰がそれを使ったかだ。」

蓮太郎がふう、と一つ息をついて、アイスカフェオレを口にする。
飲み干すときに上下する喉仏に色気を感じて、見つめる。
すると、何を勘違いしたのか、要る?とタンブラーを差し出してくる。

「気持ちだけ貰っておくわ、ありがとう。」

恋人でもないのに、そういうことはしたくなかった。
それに、間接とはいえ、キスをすることになるのだ。
それは、ちゃんとしかるべきタイミングでしたい。

そんなことを思って、私もコーヒーを半分ほど飲む。
すると、駆け込んできたのは女性。

グレーのパンツスーツの下は女性らしい淡い色合いのラベンダーブラウスだ。
私より身長は少し低い。

「あの!私、彼を知ってます。
今、この場にはなぜかいらっしゃらない遠藤さんと私、珠美が共同でカウンセリングをしているクライアントですから。
……浅川 将輝くんは。

彼ですね?冥さん。

彼は複雑な家庭で、母親は死亡。
父親は多額の借金を背負い、無理心中を図って死亡。
一歩間違えば本人も無理心中に巻き込まれるところだったみたい。
祖父母も若年性認知症で施設にいる。

アメリカにいる親戚の家に厄介にはなっているけれど、親戚は彼に興味がなく、ネグレクト状態。

だからカウンセリングを担当していたの。
私、彼と同じ年の娘がいるから。
彼女にもお手伝いがてら、彼の話し相手として付き添ってもらうようにお願いしたりもした。

だけどその甲斐なく、こんなことに。

覚えてるわ。
『強情で言うことを聞かないから、クスリを使った』って言っていたもの。

私が至らなかったせいでもあるわ。」

その話を聞いて思い当たることでもあったのだろうか。
蓮太郎は小声で、その男の写真があればほしいと言ってきた。

彼に写真を渡してあげると、オレも一仕事してくると言って会議室を出た。
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