ボーダー
その先にあるのは……暗めの照明がが逆に印象的な空間。
ジャズだろうか。オシャレな洋楽が絶えず流れていて俗世間にいるような気にさせてくれる。
……ここか。
……村西さんと遠藤さんがバーテンダーを務める
Bar「MoonLovers」。
棚には大量の酒のボトルが並んでいる。
オレはまだ未成年だし、飲めないんだけど?
そしてもちろん、酒には詳しくないため、銘柄など分からない。
仕事疲れの同僚とか、その彼女とかがよく来るのだそうだ。
仕事歴が浅いというが、なかなかサマになっている。
手際よく、村西さんがメイに作っていたのと同じノンアルコールのカクテルを作っていく。
「レンとかメイとか……それから、お酒が呑めない人のために、ジュースを3分の1ずつ、ミックスしてノンアルコールで作ってある。
だけど、心が落ち着く。
というか、溜まっているものがラクになるような気がするのは、アロマを焚いている側で作っているからだよ。
……どうぞ。」
スッ……
遠藤さんがオレの前にカクテルを差し出す。
ふわりと、アロマの香りが漂う。
ラベンダーとカモミールだろうか。
その香りはさっきまでモヤモヤでいっぱいだったオレの心にゆとりを作ってくれた気がした。
その瞬間、バーカウンターの端にいた人物が、オレの隣にのそのそと座った。
「由紀ちゃん、コイツが話したいことがあるってよ。」
由紀ちゃん、と遠藤さんに呼ばれた子が、弾かれたように顔を上げる。
いつからそうしていたのかは分からないが、ずっと泣き腫らしていたのだろう、目は赤く充血していた。
上半身のブラウスについたビジューも、光に反射していないように見えた。
オレは、そんな彼女に小さい鏡を手渡しながら話し出す。
アロマの効果だろうか。
言葉にならなかった想いが、素直に口をついて出てきた。
「こうなったのは、カウンセリングを真面目に受けていなかったこともある、浅川 将輝の責任だ。
カウンセリングを必死にやっていた遠藤さん。それに、由紀ちゃんのお母さん。
もちろん、そこに座ってずっと泣いてたみたいな由紀ちゃん自身も。
誰一人悪くない。
もう、2度と過ぎた時間は戻ってきません。
それなのに未来永劫、叶うはずのないタラレバを並べても、余計に自分を責めて心が苦しくなるだけです。
止めましょうよ。
いつもの遠藤さんなら、そんなことわかってるはずでしょう?
それを歳下のオレたちにアドバイスする側の人でしょうに。
らしくないですね?」
オレは、由紀ちゃんの顔を見て、言う。
「ハナ、
ああ。オレはハナの幼なじみなんだけどね?
その子から聞いたよ?
君、中学のときの先生が好きだったんだって?でも、それは本当に『恋愛感情』だったの?
最初に、浅川将輝に惹かれ始めたときみたいに不幸な身の上だったから、同情心から好きだって思い込んでただけじゃないのかな?
不幸な身の上の人って、自分がいろいろ話を聞いてあげなきゃって思って、それで相手もだんだん心を開いていくから、自分に気があるんだと勘違いしやすいし。」
いつからあったのか、由紀ちゃんの横にカクテルグラスが置かれていた。
「少なからず、その想いは浅川将輝も同じだったんだと思うぞ。
自分になんの偏見も持つことなく、フラットに話しかけて来る人間なんてそうはいなかっただろうし。
ネグレクトを受けていたなら、自分以外の人間はほぼ信用しないからな。
そんな中でも、由紀ちゃんにだけは心を開き始めていたんだろうな。
好意も少しはあったんだろう。
カウンセリングが終わって、俺が部屋を出ようとすると決まって、あの子は?って尋ねて、今日は来てないと言うと露骨に寂しそうな目をして不機嫌になってたからな。
アイツなりに、ケジメをつけようとして、ピンキーリングまで渡した相手を嫌いになって、メイへの想いを自分の中から失くしたかったんだろ。
嫌いになる方法が分からなかったから、アイツなりに実行した。
それがあの行為だったんだろうよ。
これはオレの推測だがな。」
遠藤さんの見立ては合っているように思えた。
オレの横で由紀ちゃんが、遠藤さんの目を真っ直ぐ見つめて話を聞いていたから。
「多分、いいえ、きっと遠藤さんが仰る通りなんだと思います。
私の母も同じ見立てでした。
現に、彼に久しぶりに会うと、
『もう会えないかと思った』という類の言葉をどこかのタイミングで絶対言ってくるんです。
その度に、この人には私がいなきゃダメなんだな、って思う自分もいて。
何より、彼のその言葉が嬉しかったし、私が裏切っちゃいけないとも思っていたんです。
話を聞く中で、彼は自分の前から人が離れていくのをもう見たくなかったからこそ、何としてでも繋ぎ止めておきたかったんだろうなって。
……これは私の推測と主観だらけですから、分析としては当てになりませんけど。」
由紀ちゃんは、それを言葉にし終わるとグラスを傾けて中の液体を喉に流し込んだ。
オレも、同じようにグラスを傾ける。
ジャズだろうか。オシャレな洋楽が絶えず流れていて俗世間にいるような気にさせてくれる。
……ここか。
……村西さんと遠藤さんがバーテンダーを務める
Bar「MoonLovers」。
棚には大量の酒のボトルが並んでいる。
オレはまだ未成年だし、飲めないんだけど?
そしてもちろん、酒には詳しくないため、銘柄など分からない。
仕事疲れの同僚とか、その彼女とかがよく来るのだそうだ。
仕事歴が浅いというが、なかなかサマになっている。
手際よく、村西さんがメイに作っていたのと同じノンアルコールのカクテルを作っていく。
「レンとかメイとか……それから、お酒が呑めない人のために、ジュースを3分の1ずつ、ミックスしてノンアルコールで作ってある。
だけど、心が落ち着く。
というか、溜まっているものがラクになるような気がするのは、アロマを焚いている側で作っているからだよ。
……どうぞ。」
スッ……
遠藤さんがオレの前にカクテルを差し出す。
ふわりと、アロマの香りが漂う。
ラベンダーとカモミールだろうか。
その香りはさっきまでモヤモヤでいっぱいだったオレの心にゆとりを作ってくれた気がした。
その瞬間、バーカウンターの端にいた人物が、オレの隣にのそのそと座った。
「由紀ちゃん、コイツが話したいことがあるってよ。」
由紀ちゃん、と遠藤さんに呼ばれた子が、弾かれたように顔を上げる。
いつからそうしていたのかは分からないが、ずっと泣き腫らしていたのだろう、目は赤く充血していた。
上半身のブラウスについたビジューも、光に反射していないように見えた。
オレは、そんな彼女に小さい鏡を手渡しながら話し出す。
アロマの効果だろうか。
言葉にならなかった想いが、素直に口をついて出てきた。
「こうなったのは、カウンセリングを真面目に受けていなかったこともある、浅川 将輝の責任だ。
カウンセリングを必死にやっていた遠藤さん。それに、由紀ちゃんのお母さん。
もちろん、そこに座ってずっと泣いてたみたいな由紀ちゃん自身も。
誰一人悪くない。
もう、2度と過ぎた時間は戻ってきません。
それなのに未来永劫、叶うはずのないタラレバを並べても、余計に自分を責めて心が苦しくなるだけです。
止めましょうよ。
いつもの遠藤さんなら、そんなことわかってるはずでしょう?
それを歳下のオレたちにアドバイスする側の人でしょうに。
らしくないですね?」
オレは、由紀ちゃんの顔を見て、言う。
「ハナ、
ああ。オレはハナの幼なじみなんだけどね?
その子から聞いたよ?
君、中学のときの先生が好きだったんだって?でも、それは本当に『恋愛感情』だったの?
最初に、浅川将輝に惹かれ始めたときみたいに不幸な身の上だったから、同情心から好きだって思い込んでただけじゃないのかな?
不幸な身の上の人って、自分がいろいろ話を聞いてあげなきゃって思って、それで相手もだんだん心を開いていくから、自分に気があるんだと勘違いしやすいし。」
いつからあったのか、由紀ちゃんの横にカクテルグラスが置かれていた。
「少なからず、その想いは浅川将輝も同じだったんだと思うぞ。
自分になんの偏見も持つことなく、フラットに話しかけて来る人間なんてそうはいなかっただろうし。
ネグレクトを受けていたなら、自分以外の人間はほぼ信用しないからな。
そんな中でも、由紀ちゃんにだけは心を開き始めていたんだろうな。
好意も少しはあったんだろう。
カウンセリングが終わって、俺が部屋を出ようとすると決まって、あの子は?って尋ねて、今日は来てないと言うと露骨に寂しそうな目をして不機嫌になってたからな。
アイツなりに、ケジメをつけようとして、ピンキーリングまで渡した相手を嫌いになって、メイへの想いを自分の中から失くしたかったんだろ。
嫌いになる方法が分からなかったから、アイツなりに実行した。
それがあの行為だったんだろうよ。
これはオレの推測だがな。」
遠藤さんの見立ては合っているように思えた。
オレの横で由紀ちゃんが、遠藤さんの目を真っ直ぐ見つめて話を聞いていたから。
「多分、いいえ、きっと遠藤さんが仰る通りなんだと思います。
私の母も同じ見立てでした。
現に、彼に久しぶりに会うと、
『もう会えないかと思った』という類の言葉をどこかのタイミングで絶対言ってくるんです。
その度に、この人には私がいなきゃダメなんだな、って思う自分もいて。
何より、彼のその言葉が嬉しかったし、私が裏切っちゃいけないとも思っていたんです。
話を聞く中で、彼は自分の前から人が離れていくのをもう見たくなかったからこそ、何としてでも繋ぎ止めておきたかったんだろうなって。
……これは私の推測と主観だらけですから、分析としては当てになりませんけど。」
由紀ちゃんは、それを言葉にし終わるとグラスを傾けて中の液体を喉に流し込んだ。
オレも、同じようにグラスを傾ける。