ボーダー
「これからのことは、半分聞き流してくれても構わない。
あくまでまことしやかに囁かれている噂だからな。」
そう前置きをして、遠藤さんが語りだす。
隣の由紀ちゃんも、真剣な目をして聞く。
「……あるところに、1人の検事がいた。
被告人を有罪にするためなら、証拠品のねつ造や改ざん、証人や証言の操作をすることも厭わなかった。
そんな人に唯一、ある弁護士との法廷で、40年間無敗の経歴に傷が付いたんだ。裁判には勝ったが、証拠品がねつ造されたものだということが証明されてしまった。
その人は、その後、その弁護士を殺害した。
当然、殺人事件として捜査をされ、その事件は奇跡的に時効を迎える日に解決した。
その検事の娘のメイは、父の背中を追って法廷で戦ってきた。
ついこの間、日本での法廷の後、心苦しかったそうだ。
その裁判の証人は……心の病を抱えていた。
カウンセリングが必要なほどにな。
メイは、"証言をしないと病気のことを法廷中にバラす"と言って、司法取引をして勝訴した。
閉廷後に、証人の家族に怒鳴り散らされて何度も平手打ちされたそうだ。
『あんな傷を抉るような、人のプライバシーでさえも勝訴への道具とするような勝ち方をして嬉しいか?
お前は……最低な検事だ。
人間的にもな。
そんな奴が、法廷の場に検事として存在している事自体に虫酸が走る。』
そう言われて以来、彼女は、必死に自分と向き合って考えている。
"法の世界"でしか生き方を知らない彼女なりの、検事とは何なのかをね。」
「なるほど。
モデリングね。
子供は親のマネをするものよ。
良いことも、悪いことも。
幼少期ほど、それが顕著だからね。
その、蓮太郎くんの想い人さんは、傍から見たら経済的な自立はしているのかもしれない。
一人暮らししてるみたいだしね。
でも、精神的な自立はまだだった。
それを、今行っている真っ最中なのね。
蓮太郎くん。
言われた言葉を返すようで悪いわね。
貴方は何もする必要はないわ。
ただ、メイちゃんの側にいて、支えになってあげるだけでいいの。
精神的な自立を見守ってくれる存在がいるってだけでもかなり本人にとっては楽なはずよ。」
「オレが言おうとした台詞、ほとんど由紀ちゃんに言われちゃったな。」
遠藤さんが困ったように笑う。
「例えるなら雛鳥が親鳥の見様見真似で飛ぶ練習をしてる、みたいな感じだな、今のメイは。
精神的な自立さえ出来れば、蓮太郎、ちゃんとお前とも恋人同士にはなれるだろうよ。
頑張れよ、蓮太郎。」
「それから、混乱するとは分かっているが、もう一つ。
ある人の言葉を伝える。」
遠藤さんは、ICレコーダーに似せた機械をテーブルに乗せて、ボタンを押した。
聞こえてきたのは、他ならぬ、今会うと必ず気まずい空気になる、2番目の姉の声だ。
『脅迫されて虚偽の自供をすることになったのは蓮太郎には言えなかった。
いいえ、わざと言わなかった。
今言っても、どうせ現場を工作した罪で何かしらの刑は受ける。
犯罪者の弟にはしたくなかったの。
それもあるし、刑期を終えた後に、私の心の中の黒いものが吹っ切れると思うの。
そのときに、蓮太郎には真実を言わなかったお詫びと、迷惑を掛けたお詫びに何かしたい、って思うの。
蓮太郎にそれで嫌われてても、仕方がないわ。
それだけのことをしたんですもの。』
『ホントは仲直りしたいのよ。蓮太郎と。
今まで真実を言わなかったのは理由があるの、もちろんね?
あの子には私なんかのことで心配させたくなかったの。
可愛い幼なじみの女の子をどう振り向かせるかで頭いっぱいだったでしょうから。
アメリカで幼なじみの子と離れて生活するうちに、だんだん分からなくなっていったそうよ。自分の気持ちが。
結局は、その子に先月くらいに告白して玉砕したみたいだけどね。』
姉さんの声が懐かしくて、気がつけば目が潤んでいた。
あくまでまことしやかに囁かれている噂だからな。」
そう前置きをして、遠藤さんが語りだす。
隣の由紀ちゃんも、真剣な目をして聞く。
「……あるところに、1人の検事がいた。
被告人を有罪にするためなら、証拠品のねつ造や改ざん、証人や証言の操作をすることも厭わなかった。
そんな人に唯一、ある弁護士との法廷で、40年間無敗の経歴に傷が付いたんだ。裁判には勝ったが、証拠品がねつ造されたものだということが証明されてしまった。
その人は、その後、その弁護士を殺害した。
当然、殺人事件として捜査をされ、その事件は奇跡的に時効を迎える日に解決した。
その検事の娘のメイは、父の背中を追って法廷で戦ってきた。
ついこの間、日本での法廷の後、心苦しかったそうだ。
その裁判の証人は……心の病を抱えていた。
カウンセリングが必要なほどにな。
メイは、"証言をしないと病気のことを法廷中にバラす"と言って、司法取引をして勝訴した。
閉廷後に、証人の家族に怒鳴り散らされて何度も平手打ちされたそうだ。
『あんな傷を抉るような、人のプライバシーでさえも勝訴への道具とするような勝ち方をして嬉しいか?
お前は……最低な検事だ。
人間的にもな。
そんな奴が、法廷の場に検事として存在している事自体に虫酸が走る。』
そう言われて以来、彼女は、必死に自分と向き合って考えている。
"法の世界"でしか生き方を知らない彼女なりの、検事とは何なのかをね。」
「なるほど。
モデリングね。
子供は親のマネをするものよ。
良いことも、悪いことも。
幼少期ほど、それが顕著だからね。
その、蓮太郎くんの想い人さんは、傍から見たら経済的な自立はしているのかもしれない。
一人暮らししてるみたいだしね。
でも、精神的な自立はまだだった。
それを、今行っている真っ最中なのね。
蓮太郎くん。
言われた言葉を返すようで悪いわね。
貴方は何もする必要はないわ。
ただ、メイちゃんの側にいて、支えになってあげるだけでいいの。
精神的な自立を見守ってくれる存在がいるってだけでもかなり本人にとっては楽なはずよ。」
「オレが言おうとした台詞、ほとんど由紀ちゃんに言われちゃったな。」
遠藤さんが困ったように笑う。
「例えるなら雛鳥が親鳥の見様見真似で飛ぶ練習をしてる、みたいな感じだな、今のメイは。
精神的な自立さえ出来れば、蓮太郎、ちゃんとお前とも恋人同士にはなれるだろうよ。
頑張れよ、蓮太郎。」
「それから、混乱するとは分かっているが、もう一つ。
ある人の言葉を伝える。」
遠藤さんは、ICレコーダーに似せた機械をテーブルに乗せて、ボタンを押した。
聞こえてきたのは、他ならぬ、今会うと必ず気まずい空気になる、2番目の姉の声だ。
『脅迫されて虚偽の自供をすることになったのは蓮太郎には言えなかった。
いいえ、わざと言わなかった。
今言っても、どうせ現場を工作した罪で何かしらの刑は受ける。
犯罪者の弟にはしたくなかったの。
それもあるし、刑期を終えた後に、私の心の中の黒いものが吹っ切れると思うの。
そのときに、蓮太郎には真実を言わなかったお詫びと、迷惑を掛けたお詫びに何かしたい、って思うの。
蓮太郎にそれで嫌われてても、仕方がないわ。
それだけのことをしたんですもの。』
『ホントは仲直りしたいのよ。蓮太郎と。
今まで真実を言わなかったのは理由があるの、もちろんね?
あの子には私なんかのことで心配させたくなかったの。
可愛い幼なじみの女の子をどう振り向かせるかで頭いっぱいだったでしょうから。
アメリカで幼なじみの子と離れて生活するうちに、だんだん分からなくなっていったそうよ。自分の気持ちが。
結局は、その子に先月くらいに告白して玉砕したみたいだけどね。』
姉さんの声が懐かしくて、気がつけば目が潤んでいた。