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「……ごめんなさい。
何か、祖父母に会う前に、ここ、寄りたくなっちゃって。
お邪魔するわね。」

そう言って、由理さんと入れ違いのようにドアを開けたのは、巴さんだった。
私の尊敬している本人に他ならない。

「あ!
と……巴さん!」

「久しぶりね。冥ちゃん。
昔、裁判所で少し話したくらいかしら。」

「そ……そうですね。」

いきなりこんな場所で憧れの人に会えるなんて思っていなかったから、かなり緊張する。
口から心臓が飛び出てきそうだ。

いつの間にか巴さんの目の前にも私のと同じ、カクテルが置かれていた。
それを口にしながら、ゆっくりと私と村西さんに話していく。

「ホントは仲直りしたいのよ。蓮太郎と。
今まで真実を言わなかったのは理由があるの、もちろんね?
あの子には私なんかのことで心配させたくなかったの。
可愛い幼なじみの女の子をどう振り向かせるかで頭いっぱいだったでしょうから。」

「幼な……なじみ?」

そんなこと……私、全然知らなかった。
どんな子なんだろう。

「アメリカで幼なじみの子と離れて生活するうちに、だんだん分からなくなっていったそうよ。自分の気持ちが。
結局は、その子に先々月くらいに告白して玉砕したみたいだけどね。

私の妹、蓮太郎にとってはもう一人の姉の茜に話していたみたいなの。
妬けるわよね。

一目惚れしたキッカケや告白してから振られるまでの顛末を、詳細にね。
『もう一人の幼なじみといるほうがアイツらしく居られて幸せそうなのが分かったから譲ったんだ』みたいな感じのニュアンスだったって。」

「今、それを聞いて心底ホッとしただろ、そんな顔してるぞ、メイ。」

横からそんなことを言ってくる村西さん。

「え!
そ、そんなこと、ないです……」

言ってはみたものの、声が裏返っていたことには気付いていなかった。

……でも多分、気付いていなかったのは私だけで、巴さんも村西さんも気付いていたと思う。
だって、必死に笑いを堪えていたもん。

「あら、そうなの?
でも、そういう人がいるって、とってもいいことよ?

私も……あの事件で検事をやめようかって思ってたの。
でも、智司がいろいろ、話を聞いてくれて力添えもしてくれたからね。
だから今も、一応は検察庁の人間でいられる。

不正をしている人間を一掃する手伝いをしてほしい、って直々の依頼でね。
そういうことには、鼻がきくのよ。

今はとっくにこの世にいない、上司の横にいるうちにそうなってしまった部分はあるのだけれど。
それも活きるのなら苦しさは消えるわ。

私にとって、智司がかけがえのない、大事な存在であるように、メイちゃんにとっては、蓮太郎がそうなのね。
ウチのバカな弟で良ければ、蓮太郎をよろしくね?」

巴さんの言い方は、私が蓮太郎のことを好きだって既に知っているような言い方だった。

「そんな……
あなたの弟さんは、バカなんかじゃなくて、かなり頭よくてカッコよくて優しい……
とってもとっても素敵な人ですよ。」

「ふふ。弟に聞かせたいわ。
今の台詞。
……ねぇ、冥ちゃん。
知ってる?
検事の在り方ってね、人に教えられるよりも、自分で見つけたほうがいいのよ?

どちらにしても、1つだけ言えることがあるわ。
検事と弁護士。
そのどちらが欠けても、事件の真実には辿り着けない、ってことを覚えておいて?

検事と弁護士がお互いに、相反する立場から主張を続けることで、たった1つの真実が導き出されていくの。」

その言葉に、かなりビックリした。
だって、小さい頃からパパに"弁護士など相手にするな"って言われていたから。

「あなたの父親も素晴らしい人だった。
だけど何か足りなかったのかもしれないわね。」

「何か……?」

私がそう言って、不安げに巴さんを見上げると彼女は、私の胸元を指さした。

「……ここに、ちゃんとあるはずよ。
貴女の父親になくて、メイちゃんにあるもの。

間違いを認めて、変わろうとする気持ち。
それを側で見守って、応援してくれる人。

それさえあれば、大丈夫よ。」

それだけを言うと、村西さんにカクテルのお礼を言ってから、ニッコリ笑って去っていった。

巴さんは、刑期を終えてから、かつての彼女のような穏やかで優しい性格に戻りつつある。

そのことは、今までの話し方でよく分かっている。

巴さんみたいに、変われるかな。
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