ボーダー
姉さんたちが慌ただしくこの家を出てから、2時間は経とうとしている。

その間、祖父母からは自分たちになにかあったとき、この家の扱いをどうするか悩んでいることを聞いた。

やはり、日本でオレのことを助けてくれた柏木さんや志穂さんの知恵を借りつつ、お互いに業務資本提携をする選択肢しかないな。

そうすれば、柏木グループは不動産以外の業種にも強くなれる。
オレが後継者になる宝月グループは、唯一弱い不動産分野に強くなれる、ということだ。

近々、話を持っていくか。

オレが机の上に置いていた携帯電話が鳴った。
オレは人ごとに着信音を変えているから、誰からの着信か、すぐにわかる。
この着信音は、巴姉さんだ。

『蓮太郎。
目処が経ったわ。
上手く茜が貴方の彼女さんを婚約指輪のフロアから遠ざけてくれたのよ。
おかげで買えたわ。
払ったのは私。
もちろん一括払いでね。
今はあの事件でさすがに主席ではなくなったけれど。
検事は続けられているし、主席検事時代の貯金もあったから、無問題よ。』

「サンキュ、姉さん。
感謝してもしきれないよ。

じゃ、今から行くよ。」

そう告げて電話を切った直後、インターホンが鳴った。

「誰?」

もう6月だというのに、全身黒スーツの人が玄関口に立っていた。

この黒スーツの人、ほんとに誰?

見覚えが、あるような、ないような……

そのスーツの人は、恭しく礼をして、こう告げた。

「お久しゅうございます。
蓮太郎坊っちゃま。
いいえ、旦那さま。」

え?
は?

坊っちゃま?
旦那さま?
どういうことだ?

「貴方はまだ小学生であらせられましたので、ご記憶にないのも無理はございません。
子供ならではの好奇心でヘリやリムジンが置いてあるガレージを覗いたのをお咎めしたときにお会いしているのですが。」

記憶と合致した。
今目の前にいるのが、あのときの人か。

「オレの親父の、執事さんか。」

「さすがは旦那さま。
ご名答でございます。
私は、蓮太郎様のお父上、曹太郎様の執事でございました、武田 俊哉《たけだ しゅんや》と申します。
曹太郎様の御遺言により、今この瞬間から、蓮太郎坊っちゃま。
いいえ、旦那さまの執事となります。

精一杯お仕えいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。」

いや、ひざまずかれても、困るんだけどな。

中庭から、駐車スペース3台分をぶち抜くリムジンが見えた。

「武田さん。
姉さんのいる場所まで連れて行ってほしい。
場所は案内する。」

武田さんは恭しく礼をすると、にこやかに告げた。

「かしこまりました、旦那さま。」

リムジンに乗って、姉さんのいる場所まで向かう。
いたのは、やはりニューヨークの5番街だ。
商標登録もされている、有名なブルーの紙袋でお馴染みのお店。
その本店だ。

センターにはダイヤモンド。その両側にも小さなダイヤモンドがあるエンゲージリング。
これがお望みか。

今後の手筈は、オレの耳元で巴さんから伝えられた。

「蓮太郎とメイちゃんの2人を地下鉄の駅前まで送るわ。
その後、エンパイア・ステート・ビルまで、メイちゃんを連れて行ってほしいの。

86階に昇ったら、真っ先にニュージャージー側の景色を見るのよ。
着いたら私のでも茜のでもいいから、携帯を1度鳴らして。

そして、メイちゃんに望遠鏡を覗かせるのよ。いいわね?

戻るのもあれだから、そのまま近くのホテルに泊まるといいわ。」

そう言って、袋から小箱を出して、渡してくれた。

「では、私は宿泊やその他の手筈を整えます。
巴さま、蓮太郎坊っちゃま、いいえ、旦那さまをよろしく頼みます。」

武田さんは深々と巴姉さんに頭を下げた。

ちょうど近くのカフェでコーヒーを飲んでいたらしい茜姉さんとメイがオレに合流した。

「行こうか、メイ。」

いつの間にか、深い青のキャミソールワンピースにメイの服が変わっていた。

何で?

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