ボーダー
これだけの情報、どこから得たんだ?
というか、いつの間に調べていたんだろう。
宝月グループは信用調査機関とのパイプも強いようだ。
そのパイプを少々強引に使ったようだった。

今後、この人間興信所は、オレの婚約者やオレの大事な幼馴染み、オレの親友たちに何かが遭ったときに使わせてもらおう。

帳 奈斗と浅川 将輝は、同じ養護施設、『賢正学園』で生活しているという。

……行ってみるか。

その養護施設の職員の話まで書かれている。

『浅川くんは同年代の子供や歳上の大人とは著しくコミュニケーションを避ける傾向にあります。しかし、自分より歳下の子供や動物に対しての面倒見は良い子です。
歳下の子供には将輝お兄ちゃんと呼ばれて慕われています。

両親もおらず、無理心中に巻き込まれかけ、祖父母も認知症で施設にいる。

アメリカにいる親戚からはネグレクトを受けており、同年代や歳上の大人を信用しないのもやむなしか。
それでもアメリカでのカウンセリングの翌日は少し気分が良いようです。
嬉しそうに私に何があったか話してくれるのが嬉しいです。

アメリカでは複数の女の子と関係を持つのは普通なようで、実際に彼もそうしているよう。
また、気になる子へ乗り換えたいとは思っているそう。
しかし、それをどう相手に切り出せばよいのかが分からないようです。

同じような生育歴の帳 奈斗くんと仲が良いために、突飛な行動に出ないか不安なところがあります。』

なるほど。
この突飛な行動というのが、
『薬を使用してオレの大事な婚約者を酷い目に遭わせること』だったわけか。

資料の最後には、帳と浅川がいる養護施設の写真や住所まで載っていた。

……人間興信所、怖すぎるだろ。

どうせなら、行く日だけ同じにして、時間をずらしたほうがいい。
村西さんや遠藤さんも、日本に来るはずだ。
資料だけは写真を撮って、メールに添付して彼らに送った。
着いたら連絡してもらうことにする。
幼馴染み2人はここから近いミツの家に送ってもらった。
運転は武田だ。

オレは幼馴染み2人を見送ると、村西さんや遠藤さんからの連絡を待たずに眠ってしまった。

翌日。
金曜日だが、中間テストのため、土曜日の午前中を使ったから午後から登校なのだという。

朝9時30分。
普段なら1時間目の時間だ。

見慣れない電話番号からの着信。
その内容を聞いて、寝起きで働かなかった頭が一気に冴えた。

『蓮太郎くん?
アメリカで話した、珠美 由紀よ!
大変なの、浅川くんが……浅川くんが!
脇腹を刺されて……
助けてよ!

浅川くん死んじゃうよ……!』

あれだけ、精神力の強い彼女が泣いて取り乱すほどだ。
相当ショックなのだろう。

それと同時に、なぜか入ってきていたハナとミツに急かされる。
しかも2人とも制服だ。

オレも言われるまま制服に着替えて、シャツを羽織ると外に出た。

外に停まっている軽自動車に乗り込んだ。
もちろん、ハンドルを握るのは武田だ。

「いつものリムジンは封印です。
こちらのほうが小回りがききますから。

飛ばします、皆様、お掴まりください!」

到着した先は、『賢正学園』。
ここで、身寄りのない児童や未成年の子を引き取っているのだという。

車を降りてまず見えたのが、人を下に組み敷いている光景。
これはオレでは対処できない。
そして、由紀ちゃんと、その隣の年配の女性が倒れている男性を前に座り込んでいる光景が目に入った。

オレは由紀ちゃんの方に迷わず駆け寄った。
学園のスタッフだろうか。
温厚そうな年配の女性と、由紀ちゃんが必死に救急車を呼んでいた。

覗き込むと、茶髪でピアスをした高校生くらいの男の子が脇腹をナイフで刺されていた。
まだナイフは抜かれていない。
抜かれていたら大惨事だった。

年配の女性が、走って毛布と固めのクッションを取ってきた。
いい判断だ。

オレも手伝って、ナイフが刺さっている脇腹から下を覆った。
さらに、クッションで足を心臓より高く上げさせる。
これくらいしか今は出来ない。

オレたちの車のすぐ後ろに停まった白い車から見覚えのある人物が2人が降りてきた。

村西さんと、遠藤さんだ。
彼らが優先すべきは、オレが対処できないほうだ。
村西さんが、若い男を高校生から離す。
ラグビー部だったそうなので、タックルの要領で体当りした。
すると、男は割と遠くまで吹っ飛んだ。

恐怖に震えて、泣きそうな顔をしていたのは、帳 奈斗だった。

「頼む……
将輝を助けてやってくれ……!」

奈斗も組み敷かれていたときに擦りむいたようだ。
肩や膝から血が出ていた。

救急車が来たので、浅川くんは担架に乗せられた。
搬送先は流生医科大学病院《るそういかだいがくびょういん》だという。
年配の女性が一緒に救急車に乗った。

帳 奈斗も一緒に救急車に載せられて手当を受けることになった。
念のため異常がないか検査もするという。

奈斗が手招きをすると、茂みに隠れていた小さな男の子が出てきた。
中学生くらいだろうか。
制服はグレーのブレザーにスラックス、ネクタイは深いピーコックグリーンだ。
少し育ちが良さそうに見える。

「由紀ちゃんは有海……アイツの友人だろ?
君の母親に頼む方がいいかもしれんが、カウンセリングを頼めるか。
目の前で人が刺されたんだ。
何かしら心に傷は負ってるはずだ。
頼んだぞ。

もしあれなら弟をコキつかってやってくれ。
それから、もしも心配してアイツが来たら、対応してくれると助かる。
今日はコンクールだろうがな。」

言うだけ一方的に言うのは昔のままだ。
その言葉の端々に本来奈斗が持つ優しさの一端を感じる気がした。
< 211 / 360 >

この作品をシェア

pagetop