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武田さんが微笑ましそうにしている。

「今、彼の婚約者の方が一時的に日本にいますから。

旦那様の高校の文化祭という行事で忙しくなる前に、宝月グループを継ぐこと、婚約者がいることを知らしめる会見を行うご意向ですので。
その会見の段取りを詰めたいと思いましてね。

彼女も会見をするなら出席するのが責務だ、と申しておりますし。

まぁ、実際に今回、珠美様の通っていらっしゃる高校と交渉に同席してくれたのも、メイ様でいらっしゃいますからね。」

そうなのか。

俺、殴られること覚悟しなきゃな。
そう言ったそばから、一定の靴音がする。
そして、間隔を空けたノックの音を聞いた。
アイツにしてはヒールが低いのは、病院に配慮してだろうか。

薄いネイビーのブラウスにグレーのスカートを履いて、ヒールが低めの黒いパンプスを履いて現れたのは、つい先程話題に上がった女だ。

蓮太郎の婚約者であるメイ。

彼女は、病室に入るなり、俺が横たわるベッドに近づいて、言葉を紡いだ。

「……久しぶりね。
浅川 将輝。

告訴しようかと思ったけど、やめたわ。

貴方のガールフレンドの母親のおかげでいろいろ考え込んで、悩んでいたのが吹っ切れたの。
その娘があんな目に遭ってる、となれば協力するのが筋だからね。
こう見えても、受けた恩はちゃんと返す主義なのよ、私。

こう言ってはみたけど、行くはずだった人が高熱を出して行けなくなったから、代理で来ただけなのよね。

これも返したかったし、ちょうどいいわ。」

そう言って、投げるフリをして、俺の手のひらに、あのピンキーリングを置いた。

「……遅くなったけれど返すわ。
あの子のこと、泣かせたら許さないわよ。

あ、そうそう。
これ見て、使い古しのこれじゃなくて、新品選びなさいね。
2人であっちに行くのでしょう?

国籍選択届は貰ってあるわ。だけど、記入はまだなの。
籍を入れてから書こうか、少し悩んでいるところよ。

個人的にはあっちのほうが好きだから、少し寂しいけれど。
どちらにせよ、何かあったら行くわ。
その時には蓮太郎もけしかけてね。

うまくやりなさいよ。
くれぐれも、初めてのときは私みたいに無理やり、じゃなくて優しくしてあげることね。」

言いたいことを一方的にまくしてたあと、ひらひらと手を振って病室を出て行った。

奈斗の彼女以上に、風のように来て風のように去っていった。

指輪と一緒に渡された資料には、良さげな指輪の選び方や、高級ではないが質の良い指輪を売っている店などがこれでもかと書き連ねてあった。

あとは、ビザがなくても小銭稼ぎにはなりそうな仕事が3つほど書かれていた。

俳優のエキストラは奈斗もやれそうだ。
食べ物をバイクや自転車で運ぶサービスは、あちらの地理に慣れないとクレームを受けそうだな。

『高度なパソコンソフトを使いこなせるなら、フリーランスのエンジニアや字幕翻訳も可能かしら。
何せ就労ビザがないと、あっちでは何も出来ないのよ。

さすがに、ビザはどうもしてあげられないからね、そこだけは心苦しいわ。

ちなみに、貴方の友人は、『アメリカンズ・アクター・スクール』に入学して学生ビザを貰ったそうよ。
本気で俳優、目指す気かしら。

時間はあるんだし、貴方も検討するといいかもしれないわね。』

下に丁寧なコメント付きだ。

やはり、ビザがないと厳しいようだ。

しかし、奈斗のやつ、いつの間にビザをとったんだ?

とにもかくにも、応援してくれている人が、こんなにたくさんいるのはいいことだ。
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