ボーダー
「やだ……寝てた!」
目を開けて傍らの時計を見ると、翌日のお昼だった。
リビングのソファーで、あのまま眠ってしまったらしい。
蓮太郎がいたら、風邪ひくぞ、って注意されそうだ。
彼なら、私を軽々と抱き上げて、有無を言わさずベッドに運びそうだ。
夢に蓮太郎が出てきたのは覚えている。
でも、ぼんやりとすら覚えていない。
せっかく夢の中とはいえ会えたのに、残念だ。
適当に朝ご飯兼お昼ご飯を食べて、夕方17時くらいに家を出る。
すると、空港に行くことをどこで知ったのか、蓮太郎の祖父が車に乗るように言ってきた。
車体の低い高級車。
スーツケースなんて乗せると、汚れちゃわないかな?
「気にするな。
頼むよ、無理しすぎるなと蓮太郎に喝を入れてやってくれ。」
社内は和やかで、あっという間に空港に到着した。
愛しい婚約者の祖父に見送られて、彼のいる日本に向かう。
日本に着いたのは当日の朝6時。
空港の前には、見覚えのある車。
乗っているのは、蓮太郎の執事の武田さん。
後部座席には、見ない人もいる。
恰幅がよく、身長は170cmほどで高くないが、威厳はある男性。
この人がウィリアム&メアリー大学の教授であるようだ。
握手を交わすと、車に乗り込み、ホテルに向かった。
宿泊者以外でも利用できるホテルビュッフェで朝食なんてリッチだ。
朝食を取りつつ、3人で作戦会議をした。
日本の上の人間は、権力に弱い。
あとは、面倒事を嫌う。
裁判沙汰にすると書類をチラつかせれば簡単に屈服すると思われる。
また、映像を見せてもらったが、当の由理さんの娘がえげつないイジメを受けていた。
これも、少しでも緩和させたい。
近いうちに、由理さんの娘は高校ともオサラバだが、後に残った人たちにこの流れを連鎖させないためにも。
作戦会議の途中、彼が料理を取りに行った隙に武田さんから聞いた。
蓮太郎は抜けられない大事な授業があるため、珠美さんの娘がいる高校には乗り込めないのだという。
本当は本人が一番行きたかっただろうに。
そして、私も少し士気が下がるのを感じた。
蓮太郎に会いたい。
蓮太郎の分まで、頑張らないと。
「大丈夫だ、メイ。
説得はほぼ私がやる。
メイは、彼に書類を突きつけるだけでいい。
それさえやってくれれば、君の出番はほとんどないんだ。
悪かったね、本来の顧問弁護士の代わりに来てもらったのに。
君みたいな優秀な人なら、アメリカ国内問わず日本からも引く手あまただろう。」
そうは言われたが、私なんて、まだまだだ。
尊敬する人の足元にも及ばない。
「彼の言うとおりです。
旦那様が、自らの知り合いと協力し、珠美様のいじめの方はしかるべき場所に先程、メイ様に見せた映像を送っています。
そこは法廷ほどではないですが証拠を重んじる教育委員会です。
なんとかなるでしょう。」
なんとかなりそうならいいけれど。
日本はぬるいわね。
アメリカだといじめにあった被害者が、教師や加害者の親を相手取って損害賠償を求める裁判を起こすこともザラだ。
そんなことを考えているうちに、由理さんの娘が通う高校に着いた。
校門は指紋で開ける仕組みのようだ。
だが、私達のような部外者が来るときはそのセキュリティは作動させられないらしい。
そんなんでいいの?
厳しいのか甘いのか、よく分からないわ。
事前に言われた通りに、校長室に皆で入る。
迎えてくれたのは、細身で筋肉質の男。身長は教授より10cm以上も低い。
望月、と名乗ったその男は、校長室の革張りのソファーにてふんぞり返って話している。仮にも客の前だぞ。
そんな男に、教授が発行した入学許可証であったり、ビザ発行の書類を見せる。
日本に留まらせておくと彼女自身の成長にならない旨を伝えた。
それでも渋ったので、私が裁判沙汰にする旨を慌てて作った書類を突きつけると、観念したように引き出しから、いくつかの書類を取り出した。
書類はきちんと厳封してある。
成績証明書や卒業証書、英語力を証明する書類もあった。
なかなか、17歳でここまでTOEFLが高い点数の子もいない。
わざと出さなかったな。
「原本は私たちが預かるから、明日、彼女本人に渡して、卒業を認めさせるのね。
そのことも、誓約書にしてもらうわ。」
こういうのは、文書に残すほうが、言い逃れができないため、証拠になる。
それらに目を通した教授は、満足そうに頷く。
卒業以外の原本は必要なので、私がプリンターを借りてコピーした。
パンツスーツで良かった。
蓮太郎の祖父母の家にあった、巴さんが着ていたというパンツスーツ一式を借りられたのは大きい。
こういう、何気ないときに性犯罪の被害に遭いやすいのだ。
ましてや、ここは密室だ。
私は知らなかった。
いや、あえて知らされなかったという方が正しいだろうか。
コピー機に正対したときに、望月が私のお尻に手を伸ばしており、それを武田さんが止めたこと。
その様子も、映像に残っていたこと。
映像を後に執事に見せてもらった蓮太郎が、執事になって日が浅い彼を褒めちぎったことも。
学校の敷地から出て、誓約書のコピーや、その他もろもろの書類を鞄に詰めて、車に乗り込んだ。
彼は明日まで日本のホテルに泊まるという。
ホテルまで彼を送る。
病院に向かおうとしたが、彼の計らいで、ホテルのトイレを借り、パンツスーツから平服に着替える。
婚約者さんに会うのに、パンツスーツじゃ色気もないだろうということだったらしい。
彼に感謝だ。
目を開けて傍らの時計を見ると、翌日のお昼だった。
リビングのソファーで、あのまま眠ってしまったらしい。
蓮太郎がいたら、風邪ひくぞ、って注意されそうだ。
彼なら、私を軽々と抱き上げて、有無を言わさずベッドに運びそうだ。
夢に蓮太郎が出てきたのは覚えている。
でも、ぼんやりとすら覚えていない。
せっかく夢の中とはいえ会えたのに、残念だ。
適当に朝ご飯兼お昼ご飯を食べて、夕方17時くらいに家を出る。
すると、空港に行くことをどこで知ったのか、蓮太郎の祖父が車に乗るように言ってきた。
車体の低い高級車。
スーツケースなんて乗せると、汚れちゃわないかな?
「気にするな。
頼むよ、無理しすぎるなと蓮太郎に喝を入れてやってくれ。」
社内は和やかで、あっという間に空港に到着した。
愛しい婚約者の祖父に見送られて、彼のいる日本に向かう。
日本に着いたのは当日の朝6時。
空港の前には、見覚えのある車。
乗っているのは、蓮太郎の執事の武田さん。
後部座席には、見ない人もいる。
恰幅がよく、身長は170cmほどで高くないが、威厳はある男性。
この人がウィリアム&メアリー大学の教授であるようだ。
握手を交わすと、車に乗り込み、ホテルに向かった。
宿泊者以外でも利用できるホテルビュッフェで朝食なんてリッチだ。
朝食を取りつつ、3人で作戦会議をした。
日本の上の人間は、権力に弱い。
あとは、面倒事を嫌う。
裁判沙汰にすると書類をチラつかせれば簡単に屈服すると思われる。
また、映像を見せてもらったが、当の由理さんの娘がえげつないイジメを受けていた。
これも、少しでも緩和させたい。
近いうちに、由理さんの娘は高校ともオサラバだが、後に残った人たちにこの流れを連鎖させないためにも。
作戦会議の途中、彼が料理を取りに行った隙に武田さんから聞いた。
蓮太郎は抜けられない大事な授業があるため、珠美さんの娘がいる高校には乗り込めないのだという。
本当は本人が一番行きたかっただろうに。
そして、私も少し士気が下がるのを感じた。
蓮太郎に会いたい。
蓮太郎の分まで、頑張らないと。
「大丈夫だ、メイ。
説得はほぼ私がやる。
メイは、彼に書類を突きつけるだけでいい。
それさえやってくれれば、君の出番はほとんどないんだ。
悪かったね、本来の顧問弁護士の代わりに来てもらったのに。
君みたいな優秀な人なら、アメリカ国内問わず日本からも引く手あまただろう。」
そうは言われたが、私なんて、まだまだだ。
尊敬する人の足元にも及ばない。
「彼の言うとおりです。
旦那様が、自らの知り合いと協力し、珠美様のいじめの方はしかるべき場所に先程、メイ様に見せた映像を送っています。
そこは法廷ほどではないですが証拠を重んじる教育委員会です。
なんとかなるでしょう。」
なんとかなりそうならいいけれど。
日本はぬるいわね。
アメリカだといじめにあった被害者が、教師や加害者の親を相手取って損害賠償を求める裁判を起こすこともザラだ。
そんなことを考えているうちに、由理さんの娘が通う高校に着いた。
校門は指紋で開ける仕組みのようだ。
だが、私達のような部外者が来るときはそのセキュリティは作動させられないらしい。
そんなんでいいの?
厳しいのか甘いのか、よく分からないわ。
事前に言われた通りに、校長室に皆で入る。
迎えてくれたのは、細身で筋肉質の男。身長は教授より10cm以上も低い。
望月、と名乗ったその男は、校長室の革張りのソファーにてふんぞり返って話している。仮にも客の前だぞ。
そんな男に、教授が発行した入学許可証であったり、ビザ発行の書類を見せる。
日本に留まらせておくと彼女自身の成長にならない旨を伝えた。
それでも渋ったので、私が裁判沙汰にする旨を慌てて作った書類を突きつけると、観念したように引き出しから、いくつかの書類を取り出した。
書類はきちんと厳封してある。
成績証明書や卒業証書、英語力を証明する書類もあった。
なかなか、17歳でここまでTOEFLが高い点数の子もいない。
わざと出さなかったな。
「原本は私たちが預かるから、明日、彼女本人に渡して、卒業を認めさせるのね。
そのことも、誓約書にしてもらうわ。」
こういうのは、文書に残すほうが、言い逃れができないため、証拠になる。
それらに目を通した教授は、満足そうに頷く。
卒業以外の原本は必要なので、私がプリンターを借りてコピーした。
パンツスーツで良かった。
蓮太郎の祖父母の家にあった、巴さんが着ていたというパンツスーツ一式を借りられたのは大きい。
こういう、何気ないときに性犯罪の被害に遭いやすいのだ。
ましてや、ここは密室だ。
私は知らなかった。
いや、あえて知らされなかったという方が正しいだろうか。
コピー機に正対したときに、望月が私のお尻に手を伸ばしており、それを武田さんが止めたこと。
その様子も、映像に残っていたこと。
映像を後に執事に見せてもらった蓮太郎が、執事になって日が浅い彼を褒めちぎったことも。
学校の敷地から出て、誓約書のコピーや、その他もろもろの書類を鞄に詰めて、車に乗り込んだ。
彼は明日まで日本のホテルに泊まるという。
ホテルまで彼を送る。
病院に向かおうとしたが、彼の計らいで、ホテルのトイレを借り、パンツスーツから平服に着替える。
婚約者さんに会うのに、パンツスーツじゃ色気もないだろうということだったらしい。
彼に感謝だ。