ボーダー
賢正学園に足を踏み入れると、澪さんに、勇馬や良太郎が迎えてくれた。

「わぁ、あみおねーちゃんだ!」

俺より有海のほうが人気なのが、ちょっと羨ましい。

「わぁ、あみおねーちゃんの指輪、ピカピカしてるねー!」

「ふふ、分かる?
奈斗に貰ったのよ。
お嫁さんになってくれ、って言われてね。」

「おねーちゃん、ケッコンするの?
いいなぁー!」

「ふふ、先に子供たちにバラしちゃいましたけど。
改めて、澪さん。
晴れて、私、一木 有海は、帳 奈斗さんの婚約者になりました。

挙式、とかはまだ何も決めてなくて。
おそらく、私が音大を卒業した頃に、話が進むと思うんです。
手一杯じゃなければ、主賓代表としてスピーチをお願いしたいな、というお願いをしに参りました。」

……そこまで考えていたのか。
オレは、てっきり婚約することになりました、という報告だけを澪さんにして、終わるものだと思っていた。

さすが、オレの婚約者だ。

「そういうこと?
もちろん、喜んで。

ここでは、奈斗くんの母親代わりの人だもの。

ウチの奈斗をよろしくね?」

「はい。もちろんです!」

そう言って、澪さんにとびきりの笑顔を見せる有海。

可愛い小中学生の男女数人から、ピアノ弾いてというリクエストを、あと5分だけ待って、と言って彼らを待たせた有海は、オレを人のいない部屋に引っ張って、言った。

「ねぇ、奈斗。
覚悟、ある?

奈斗がアメリカに1度戻ってまた帰った頃に、会ってほしいの。
私の両親に。

……両親、いいえ。
母親は厳しい人よ。
父親は割と気さく。

私も援護射撃はもちろんするわ。
だけど、不安なの。」

そういえば、有海の両親は彼女の意向を無視して、恋人候補の話をもっていくんだったな。

ぎゅ、と彼女を抱きしめる。

「……別に、何言われてもありのままを伝えるだけだ。
どう反対されても押し切るよ。
人なんて変わらないように見えて変わることはできるんだよ。
オレとか将輝がいい例だし。

有海は心配しないで、横にいればいい。」

「……ありがと。
奈斗でよかった。」

スキップせんばかりの勢いで部屋から出た有海は、お待たせ、と言ってピアノの前に座ると、普段から慣らしで弾いている十八番を弾き始めた。

革命のエチュード。

一昨日、散々ピアノを弾いて、昨日はオレに愛されて睡眠時間が4時間だったというのに、よく弾けるよな。

有海のその音色に、ゲームで遊んでいた高校生も、澪さんも、友佳ちゃんの母親も、息を呑んでピアノの音色に耳を傾ける。

人を虜にさせる音色、とはまさにこのことだ。

革命を弾いたあと、流行りのアニメソングのテーマ曲やらクラシック曲やらを、1時間ほど演奏して、ピアノの前の椅子から降りた有海。

友佳ちゃんの母親が買ってきていたという美味しいゴーフレットで有名な店の菓子を差し出されると、笑顔で頬張っている。

ピアノを弾いたあとはエネルギーが切れるのだろうか、甘い物を欲しがる率が高い有海。

……家に常備しておかないとな。

澪さんはゴーフレットやら、クッキーやら、消費されないのはもったいないからと、たんまり有海に渡していた。

よかったな、有海。

オレは賢正学園にお世話になることにして、有海は家でゆっくり休むことにするという。

「アメリカに発つの、明々後日だよね?
見送りに行くからね!」

それだけ告げて、有海は武田さんの車に乗って家まで帰っていった。
< 329 / 360 >

この作品をシェア

pagetop