ボーダー
「座りなさい。」
勧められた席に座る。
席に座るなり、有海が口を開いた。
「……お母さん。
私、結婚するなら、今、私の隣にいる人がいいの!
書類でしか素性分からない人なんて嫌なの。
この、私の隣にいる男の人とじゃなきゃ、私は幸せになれない、って本気で思ってる。
お願い、ちゃんと、私をお母さんの操り人形としてじゃなくて、1人の自立した人間として見てよ!」
……有海の、血を吐くような叫びで、合点がいった。
オレがそう言ってくれてよかった、この言葉が有海の口から滑り出る頻度が、オレと婚約者の関係になってから上がったのだ。
「……機能不全家族、ってやつね。
家族が本来持つべき機能が働いていない家庭のこと。
有海さんのピアノのコンクールの成績を報告してもそう、としか言われないって聞いてるわ。
有海さんに過剰に期待している。
もっとやれるはずだ、って。
その結果、体調を崩すまで頑張りすぎたり、頼まれごとを断れずに、引き受けたりすることがある。
有海ちゃんの場合は承認欲求が強いから、親に自分の頑張りを認めてもらえなかったのが一員ね。
由紀ちゃんと、その母親から貰った資料にそう書いてあるのよ。」
澪さんが、その資料を掲げる。
その資料を奪おうとする有海の母親。
その手を、オレではなく、眞人さんが止めた。
「なんなのよ、部外者が!
関係ない余所者は、一木家に口を出さないでくれるかしら?」
……大分ヒステリックな母親だ。
有海、よくこんな家で、こんな年齢まで暮らしていたよな。
オレなら、とっくに我慢の限界を超えて、家出している頃だろう。
「……その言葉は心外だな。
仮に、貴女の娘さんが、この奈斗くんと結婚したら。
貴女の家族になる人なんですよ?」
「結婚?
貴方が?ウチの娘をたぶらかしただけでしょ?
認めないわ、私はね。」
「……いいよ、認めなくて。
私は、もう貴女を母親とは思わない。
私は、音大も奨学金使って通うし、貴女たちからの仕送りは要らないわ。
私は、私の隣りにいる奈斗と一緒に人生を歩んでいくから。
邪魔はしないでね?」
「……私から娘を奪う気ね?
許さない!」
オレに向けられたナイフの刃先は、俺が脚を振り上げた勢いそのままに蹴ると、いとも簡単に折れた。
「アクション俳優やるべく、アメリカでいろいろ修行したんです。
自分の娘の恋人に刃物向けたオトシマエ、つけてほしいんですけどね?」
「さすがだな、奈斗。
後はこっちで預かるぜ。」
「こじらせてるのはいつも母親側なのよ。
今、カウンセリング抜けられそうな、友佳ちゃんの母親と対談でもさせようかしら。」
遠藤さんと、由紀ちゃんの母親である由理さんが現れた。
いつの間にこっち来てたの?
「ってなことだ。
悪いな、有海ちゃん。
君の母親を半年くらい借りるぞ。」
まっすぐ母を見据えながら、言った。
「母を、よろしくお願いします。
住むところは心配しないで。
私が音大をちゃんと卒業してからの話にはなっちゃうんだけれど。
1ヶ月、お試し同棲サービス使ってから、
今私の後ろにいらっしゃる、私の男友達の祖父母の別荘を不動産投資物件として売却してもらう。
それを彼らの孫が当主をしている宝月グループが買い上げたものを賃貸物件として借りる。
……目の色変えたね?
悪いけど、宝月グループの当主が男友達だからって、打算的な付き合いはしてきてないし、するつもりないから。
もう、あっちも所帯持ちだし。」
言うべきことはハッキリ言うのは、オレの婚約者のいいところだ。
「あの……
有海さんはいい人です。
身寄りいなくて、先程資料を読み上げていた女性が開園した養護施設にいるオレにも、フラットに接してくれていました。
ピアノを弾きに来たりもしてくれています。
また、話に上がった宝月グループの当主とその配偶者の挙式の準備も、ピアノのレッスンや自身の余興、ブライズメイドとしての役割、大学からの課題……様々なものと両立しながら完璧にこなしていました。
そういう努力家な部分を尊敬していますし、そんな彼女を支えたい、って強く思いました。
貴女が彼女に話を持っていく殿方とはかけ離れているかもしれませんが、これだけは言わせてください。
その方たちの誰よりも、有海さんのことを愛しています。」
「……もういいんじゃないか。
いい加減、目を覚ましたらどうだ。
自分の娘が、自分で選んだ男性だ。
こんなに立派な人を見つけてきてくれて、父親としては嬉しいんだ。」
割って入ったのは、言動から推測して、有海の父親らしき人だった。
「お父さん!」
「無理に金持ちの坊っちゃんやら、高学歴の人と見合いさせたり、やり口が古いんだよなぁ。
私は、有海が選んだ人なら反対はしないよ。
君が一時期荒れていたが今は誠実で責任感が強く、信頼される人だということは、今、一緒にいらっしゃる澪さんから聞いているからね。」
「悪いな、有海。
何度か、有海がいないときに、賢正学園に有海の父さんを呼んで、澪さんからオレのことを話してもらってたんだ。
偏見持たれたまま家族になるのは避けたかったし。」
早く言ってくれればよかったのに、とむくれた有海。
むくれた姿も可愛い。
私は、澪さんと、前々から話を持ってきてくれていた宝月グループの当主、蓮太郎さんの祖父母と3人で話がしたい。
2人は、そうだな、ウチの娘の部屋で好きに過ごしていてくれ。」
「お父さん、ありがと。
じゃあ、お言葉に甘えて好きに過ごさせてもらうね?
案内するね、奈斗。」
勧められた席に座る。
席に座るなり、有海が口を開いた。
「……お母さん。
私、結婚するなら、今、私の隣にいる人がいいの!
書類でしか素性分からない人なんて嫌なの。
この、私の隣にいる男の人とじゃなきゃ、私は幸せになれない、って本気で思ってる。
お願い、ちゃんと、私をお母さんの操り人形としてじゃなくて、1人の自立した人間として見てよ!」
……有海の、血を吐くような叫びで、合点がいった。
オレがそう言ってくれてよかった、この言葉が有海の口から滑り出る頻度が、オレと婚約者の関係になってから上がったのだ。
「……機能不全家族、ってやつね。
家族が本来持つべき機能が働いていない家庭のこと。
有海さんのピアノのコンクールの成績を報告してもそう、としか言われないって聞いてるわ。
有海さんに過剰に期待している。
もっとやれるはずだ、って。
その結果、体調を崩すまで頑張りすぎたり、頼まれごとを断れずに、引き受けたりすることがある。
有海ちゃんの場合は承認欲求が強いから、親に自分の頑張りを認めてもらえなかったのが一員ね。
由紀ちゃんと、その母親から貰った資料にそう書いてあるのよ。」
澪さんが、その資料を掲げる。
その資料を奪おうとする有海の母親。
その手を、オレではなく、眞人さんが止めた。
「なんなのよ、部外者が!
関係ない余所者は、一木家に口を出さないでくれるかしら?」
……大分ヒステリックな母親だ。
有海、よくこんな家で、こんな年齢まで暮らしていたよな。
オレなら、とっくに我慢の限界を超えて、家出している頃だろう。
「……その言葉は心外だな。
仮に、貴女の娘さんが、この奈斗くんと結婚したら。
貴女の家族になる人なんですよ?」
「結婚?
貴方が?ウチの娘をたぶらかしただけでしょ?
認めないわ、私はね。」
「……いいよ、認めなくて。
私は、もう貴女を母親とは思わない。
私は、音大も奨学金使って通うし、貴女たちからの仕送りは要らないわ。
私は、私の隣りにいる奈斗と一緒に人生を歩んでいくから。
邪魔はしないでね?」
「……私から娘を奪う気ね?
許さない!」
オレに向けられたナイフの刃先は、俺が脚を振り上げた勢いそのままに蹴ると、いとも簡単に折れた。
「アクション俳優やるべく、アメリカでいろいろ修行したんです。
自分の娘の恋人に刃物向けたオトシマエ、つけてほしいんですけどね?」
「さすがだな、奈斗。
後はこっちで預かるぜ。」
「こじらせてるのはいつも母親側なのよ。
今、カウンセリング抜けられそうな、友佳ちゃんの母親と対談でもさせようかしら。」
遠藤さんと、由紀ちゃんの母親である由理さんが現れた。
いつの間にこっち来てたの?
「ってなことだ。
悪いな、有海ちゃん。
君の母親を半年くらい借りるぞ。」
まっすぐ母を見据えながら、言った。
「母を、よろしくお願いします。
住むところは心配しないで。
私が音大をちゃんと卒業してからの話にはなっちゃうんだけれど。
1ヶ月、お試し同棲サービス使ってから、
今私の後ろにいらっしゃる、私の男友達の祖父母の別荘を不動産投資物件として売却してもらう。
それを彼らの孫が当主をしている宝月グループが買い上げたものを賃貸物件として借りる。
……目の色変えたね?
悪いけど、宝月グループの当主が男友達だからって、打算的な付き合いはしてきてないし、するつもりないから。
もう、あっちも所帯持ちだし。」
言うべきことはハッキリ言うのは、オレの婚約者のいいところだ。
「あの……
有海さんはいい人です。
身寄りいなくて、先程資料を読み上げていた女性が開園した養護施設にいるオレにも、フラットに接してくれていました。
ピアノを弾きに来たりもしてくれています。
また、話に上がった宝月グループの当主とその配偶者の挙式の準備も、ピアノのレッスンや自身の余興、ブライズメイドとしての役割、大学からの課題……様々なものと両立しながら完璧にこなしていました。
そういう努力家な部分を尊敬していますし、そんな彼女を支えたい、って強く思いました。
貴女が彼女に話を持っていく殿方とはかけ離れているかもしれませんが、これだけは言わせてください。
その方たちの誰よりも、有海さんのことを愛しています。」
「……もういいんじゃないか。
いい加減、目を覚ましたらどうだ。
自分の娘が、自分で選んだ男性だ。
こんなに立派な人を見つけてきてくれて、父親としては嬉しいんだ。」
割って入ったのは、言動から推測して、有海の父親らしき人だった。
「お父さん!」
「無理に金持ちの坊っちゃんやら、高学歴の人と見合いさせたり、やり口が古いんだよなぁ。
私は、有海が選んだ人なら反対はしないよ。
君が一時期荒れていたが今は誠実で責任感が強く、信頼される人だということは、今、一緒にいらっしゃる澪さんから聞いているからね。」
「悪いな、有海。
何度か、有海がいないときに、賢正学園に有海の父さんを呼んで、澪さんからオレのことを話してもらってたんだ。
偏見持たれたまま家族になるのは避けたかったし。」
早く言ってくれればよかったのに、とむくれた有海。
むくれた姿も可愛い。
私は、澪さんと、前々から話を持ってきてくれていた宝月グループの当主、蓮太郎さんの祖父母と3人で話がしたい。
2人は、そうだな、ウチの娘の部屋で好きに過ごしていてくれ。」
「お父さん、ありがと。
じゃあ、お言葉に甘えて好きに過ごさせてもらうね?
案内するね、奈斗。」