ボーダー
翌朝。
ハナの目覚まし時計は、アラームではなく、優華の泣き声になった。

「環境が変わるとダメなタイプね。
全然朝方も泣かない子だったのに。

ごめんなさいね?
麗眞くんに、彩ちゃん。
眠れなかったでしょ?」

「いいんです。
それより、温水プールの時間、交代しますか?
そんな調子じゃ、華恵さんが眠れてないでしょう。」

「いいのよ。
皆準備しているでしょうし。
お気遣い、ありがとうね、彩ちゃん。」

麗眞くんは、部屋の電話を手に取って、どこかに電話をかけている。

「了解。
ありがとうございます。
助かります。」

麗眞くんは電話を切ると、ハナとオレに、なんでもないふうに告げた。

「オレたち以外の、椎菜、琥珀ちゃん、深月ちゃんがいる部屋の向かいに、チャイルドマインダーの望月《もちづき》さんをいさせてる。

彼女の部屋に、優華ちゃんをなだめるおもちゃとか離乳食とか、いろいろ持って行って。
そこに預ければ大丈夫。

少しはグアムを楽しめるでしょ、華恵さん。」

さすがは、レンとメイちゃんの子供だ。
彼が昔よく言っていた、金とコネと権力は使いよう、という言葉が脳裏に浮かんだ。

「ありがとう、麗眞くん!」

「……気にしないでよ。
お2人のイチャイチャ、ガッツリ見ちゃった後ろめたさもあるし。

何より、何年もこの集まりに来てなかった華恵さんと優作さんのために、リフレッシュしてほしくて親父たちが考えたんだから。

ちゃんと、日々の疲れを癒やして帰ってほしいんだ。」

ああ、やっぱり見てたのか。

「いい息子に育ったもんだ。

ただのイイトコのお坊ちゃん、には終わってないのは、レンとメイちゃんの育て方が良かったんだろうな。」

「幼なじみにどストレートに褒められると、悪い気はしないな。
ありがとう。」

「皆様方、早く着替えてくださいませ。
A班がダイニングで待ち焦がれております。」

A班とは、帳夫婦、浅川夫婦、矢榛夫婦のことらしい。

ダイニングに降りると、和食ビュッフェスタイルになっていた。

「日本の食が恋しいだろう、ということでこのラインナップにいたしました。」

宝月邸の月の経費、いくら飛んでいってるんだろう、と考えるとおぞましかった。

和食ビュッフェを早々に終えたA班は、水着に着替えて温水プールに向かっていった。

はしゃいでいる様子が窓から見えるので楽しそうにその様子を眺めていると、麗眞くんが下を向いていた。

……さては。

レンを手招きして呼んだ。

まだ年頃ではないといえど、異性として少なからず意識している女の子の、しかもスク水以外の水着姿は刺激が強いだろう。

鼻血を出すのも頷ける。

……部屋のタオルを水で塗らし、おでこの辺りを冷やす。
こうすると、血は止まりやすくなる。

「30分は安静にさせてやるといい。
万が一もある。
寝かせるなよ。」

「詳しいな、ミツ。」

「よく鼻血を出していた奴が小学校にいたんだよ。
ボールが当たったとか、そういう理由だったけどな。

その時、養護の先生に聞いたことがあった。

それをふと思い出しただけだ。」

肩が出るオシャレなデザインの水着を着てるのは、超人気モデルの娘、椎菜ちゃんだ。
スカート部分はワンピースになっている。

「大丈夫なんだろうな、レン。
不埒な輩にポルノ写真などを知らぬ間に撮影される恐れはないのだろう?

女の子を持つ親としては、心配なんでね。」

この間、法廷が長引いたハナに変わって優華のスイミングスクールの迎えに行ったことがあった。
オレがスクールの敷地内に入る前から胸につけていた保護者バッジを見て、母親たちが一様にホッとした顔をしていたのを覚えている。

「心配するな、大丈夫。
指紋と虹彩認証をしていない奴が、この別荘の敷地内に入ろうとするとドローンが追跡して、ソイツの特徴が日本にある宝月邸のサーバーに送られる。

そのデータは、必要と判断したら警視庁に送られる契約になっている。

ソイツは要注意人物としてマークされる、っていう寸法だ。」

敵に回すと恐ろしいな、宝月グループは。
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