ボーダー
「ミツ、着いたぞ。」

兄さんにそう言われて、車は駅のロータリーで停まった。

「あ……ありがとう。」

ハナを起こそうと試みるけど……起きない。

「レン、ちょっと起こしてやって?」

「お安い御用。」

不敵な笑みを浮かべるレンが、ハナに耳打ちする。

……あ、起きた。

オレでも起きなかったのに。

そしてレンは、オレにも耳打ちをくれた。

「ハナの奴、『ミツ……好き……』って、寝言で言ってたよ?
もう、スピーチ練習の時に告っちまえよ。」

レンに冷やかされた。
あくまでも、寝言……だよな?

それにしては、ハナの頬が赤い気がする。
ハナの腕を引いて、車から降りる。

「じゃあ、気をつけてな?」

ここまで送ってくれた兄さんに手を振って、オレたちは駅へと歩き始めた。

クイズ大会やら、スピーチ原稿の添削、レクリエーションやらが終わって、研修室と海岸でスピーチ練習をした。

日が暮れて暗くなってきたので、予定より早くホテルに戻ることになった。

それにしても、ハナの姿が見えない。

ハナのことだ、海が好きだから海岸ぶらついてるんだろう、とは思うけど。

迷って帰って来れなくなってるか、
もしかしたらケガをしていて動けなくなっている可能性もある。

オレは、レンに先にホテルに戻るように伝えてから、ハナを捜して走った。

……いた。

今にも沈みそうな夕日がくっきり見えるところに、ハナが座り込んでいた。

まったく、1人で何をしていたんだか。

「ハナ!」

「ミツ!」

ハナの、安堵したような顔。
無事で良かった。

「勝手にほっつき歩くなって……
オレがどんだけ心配したと思ってんだよ。」

額を軽くデコピンしてやった。

「………。
ごめん。」

「あ……あのさ。
ハナ……朝、兄さんの車の中で寝てたとき、寝言を言ってたよな?」

「言ってたの?」

本人は、全く記憶にないようだ。

「言ってたよ。
『ミツ…好き…』って。」

オレは、この場でハナに、自分の気持ちを言うことを決意した。

ここまで来たら、言うしかない。

「ハナ。
オレは……ハナが好きだ。
小さい頃から一緒の"幼なじみ"としてじゃなくて、"一人の女"として。」

「先に言わないで!
私も、ミツのこと、好きだから!

好きよ、大好き。」

顔を真っ赤にしながら、上目遣いでオレを見つめる姿、可愛すぎる。
今のハナを想像すれば欲の処理も余裕そうだ。

悪いな?男ってそんなもんなんだよ。

「ミ……ミツ?
キス……してほしいの……」

可愛い彼女からの……可愛すぎるおねだり。

オレは、ハナの柔らかい唇に、そっと自分の唇を重ねた。

1回じゃなんか足りなくて、何度も重ね合わせた。

「んっ……」

キスが深くなると、合間に聞こえる、ハナの可愛い声。
いつしか抱き合って、キスに溺れていた。


キスの合間に、ハナを抱き寄せたときに片方の脚を動かせないでいることに気付いた。
彼女の綺麗な脚に木の幹の欠片がほんの少しだけど、刺さっている。

無理矢理抜くわけにはいかないだろう。

ハナをおぶってホテルまで戻るにしても、時間がかかりすぎる。

ヘリの音が近くに聞こえて、オレたちの近くに着陸した。
あの機体の「FR」のロゴ…
エージェントルーム社員専用機だ。

乗っていたのは、晋藤 進 《しんどう すすむ》さん。
その人から聞いた話だが、エージェントルームとウチの学校が提携してるようだ。
なんでも、柏木室長とウチの学校の教頭が知り合いらしい。
アリかよ、そんなの。

晋藤さんが乗れというので、ハナをおぶってヘリに乗り込む。
中には私立中学の保健の先生、和田さんが上機嫌で乗っていた。

良い仕事がここにあると言わんばかりに、張り切ってハナの手当てを始める。

オレは、和田さんに注意された。

「イチャついてるヒマがあったら、早く手当てするべきだったわ。
もう20分遅かったら、命に関わる「破傷風」の症状が出ていたかもしれないのよ?」

とのことだったが、そのイチャイチャをニヤニヤしながら見てたんだろうが、とツッコみたかった。

なんとかホテルに着くと、怖いと有名な生活指導の先生がいた。

怖い先生は、スピーチの練習をしていたと思ってくれたらしく、お咎めはなしだった。
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