君に逢えない理由
「美月春登君かい?」
電話から聞こえてきたのは、男性の声だった。
「そうですけど、どちらさまですか?」
「鈴下博と言うものだ。君に会いたい。」
突然の男の言葉に、僕は首を傾げるしかなかった。
「すみませんが、心当たりがないんです。どなたかと間違えていませんか?」
不信感丸出しの声で、男の要求に答えずに電話を切ろうとした。
「おい、待ってくれよ。本当に分からないのかい?」
しつこい相手の態度に少し苛立ちを覚えたときだった。
男の口から思いがけないヒントを得た。
「自分が履歴書を送った会社の社長の名前くらい、覚えておくべきだぞ?」
「・・・履歴書、え?」
確かにここ一ヶ月、就職のためにそれなりの数、履歴書を送った。
しかし、どこもことごとく落ちてきたのだ。
現時点で、連絡待ちの会社は一つもなかった。
「すみません。いつ送りましたっけ?」
僕の問いかけに、電話の向こうで鈴下という男は豪快に笑った。
「君みたいに、送ったことすら忘れる人間が、うちを希望しているなんてな。
君が送ってきたのは、4月の頭だ。」
「4月・・・え、まさか・・・」
4月の頭に、確かに一つ履歴書を送っていた。
あの入学式の日、ミズホのメールに背中を押され、高校を辞めた帰りに、鞄に忍ばせていた封筒を出したのだ。
「思い出したかい?芸能プロダクションstar chartだ。君に興味がある。君に逢いたいんだ。」
「・・・うそだろ。」
この日から、僕の人生は急展開を見せた。