君に逢えない理由

「美月春登君かい?」

電話から聞こえてきたのは、男性の声だった。

「そうですけど、どちらさまですか?」
「鈴下博と言うものだ。君に会いたい。」

突然の男の言葉に、僕は首を傾げるしかなかった。

「すみませんが、心当たりがないんです。どなたかと間違えていませんか?」

不信感丸出しの声で、男の要求に答えずに電話を切ろうとした。

「おい、待ってくれよ。本当に分からないのかい?」

しつこい相手の態度に少し苛立ちを覚えたときだった。
男の口から思いがけないヒントを得た。

「自分が履歴書を送った会社の社長の名前くらい、覚えておくべきだぞ?」
「・・・履歴書、え?」

確かにここ一ヶ月、就職のためにそれなりの数、履歴書を送った。
しかし、どこもことごとく落ちてきたのだ。
現時点で、連絡待ちの会社は一つもなかった。

「すみません。いつ送りましたっけ?」

僕の問いかけに、電話の向こうで鈴下という男は豪快に笑った。

「君みたいに、送ったことすら忘れる人間が、うちを希望しているなんてな。
 君が送ってきたのは、4月の頭だ。」
「4月・・・え、まさか・・・」

4月の頭に、確かに一つ履歴書を送っていた。
あの入学式の日、ミズホのメールに背中を押され、高校を辞めた帰りに、鞄に忍ばせていた封筒を出したのだ。

「思い出したかい?芸能プロダクションstar chartだ。君に興味がある。君に逢いたいんだ。」
「・・・うそだろ。」


この日から、僕の人生は急展開を見せた。


< 19 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop