君に逢えない理由
夜、ベッドに寝転んだ僕は、携帯の画面とにらめっこしていた。
画面に映し出されているのは、1枚の写真。
今日の昼間、公園のベンチに置き去りにされていた、携帯の画面を撮ったものだ。
悪いと思いながらも、自分の携帯に収めてしまった受信メールを、帰ってからずっと眺めていた。
本文には、アドレスの変更を伝える文章と一緒に、近状報告らしき文章が書かれていた。
ミズホです。アドレス
変えました。
私さ、事務所
やめちゃった。
でも、いつか必ず
戻って、見返して
やるの。
短い文章から読み取れるのは、大きな決意とそれに対する行動。
彼女も、変わりたいと願った一人なのだろうか。
そして、いとも簡単に変わるための行動を起こしたというのか。
簡単かどうかは分からないが、僕は彼女に聞きたかった。
どうしたら、そうやって行動が起こせるのかと。
何事にも臆病な僕は、どうしてもそのきっかけを知りたくなったのだ。
僕にも、一歩が踏み出せるだろうか。
知りたいと願い、こっそりメール画面の写真を撮ってから、自分の中で何かが変わろうとしていることに戸惑っていた。
ありえない。でも、少しくらい、自分の人生に色を付けてもいいんじゃないかと思った。
そう、僕は運命を感じたんだ。
大げさだって笑えばいい。ドラマの見すぎだと、けなされてもいい。
偶然たどり着いた公園の、偶然座ったベンチで、偶然その携帯は持ち主の手を離れていて、僕は偶然鳴った携帯の画面を覗き込んで、偶然ミズホのメールと出会った。
これは、偶然が起こした奇跡なのだ。
何を吹っ切るかのようにベッドから体を起こし、机の上に視線を向ける。
そこには、昼間ベンチに携帯と一緒に置かれていた雑誌が置いてある。
帰りに偶然見つけたコンビニの、一番目に付く位置で売られているのを見つけ買ってきたのだ。
やっぱり、これは何かが僕の背中を押してくれている。
確信を持った僕は、携帯に視線を戻すと、未送信ボックスの中から一通のメールを開いた。文面には、1時間悩んで打った文章が書いてある。
なかなか押せなかった送信ボタンを、意を決して押した。
送信確認画面を閉じて、僕は行動を起こすべく自分の部屋を出た。