君に逢えない理由

2、忘れない夜


高校の入学式の前日、私は3年間所属していた芸能事務所をやめた。
歌手になりたくて、やっとの思いで合格して入った事務所だった。


でも、現実はいとも容易く私の夢を壊していった。
うまいと思っていた歌は、人並みだったらしい。
事務所に入ってから始めたダンスは、多少なり自信を持ってはいたが、仕事に結びつくことは無かった。
結局、3年間でこなした仕事は、通販カタログのモデルと、名前も聞いたことの無い食品会社のCMソングだった。


それでも、努力を怠ったことはなかった。
やめた今でも、練習量だけは誰にも負けないと信じている。
ただ、あまりにも努力に対する実りがなかったのだ。


心が、折れてしまった。
やめると告げたとき、社長は一瞬顔を歪ませただけで、わかったとうなずいてくれた。


それが、少しだけ悲しかった。


本当に良かったのか、今は自分にも分からないけど、何か行動を起こさなくては、自分がどんどん腐っていくようで嫌だった。
努力を怠るようになる前に、頑張っていると胸をはれる今の私でやめたかった。
それが、次の一歩を踏み出す力になるから。


高校への入学祝いに買ってもらった携帯。
面倒で、買ったまま変更せずに使っていたアドレスを、気分転換もかねて変えてみた。
一通り友達に送った後、一番仲のいい友達に、事務所をやめた報告を添えて送信した。


ただ辞めた訳じゃない。
私はいつか、この世界に戻って、色々な人を見返してやるんだと、自分に言い聞かせるように添えた言葉に、親友は一言、頑張れと背中を押してくれた。




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