こころ、ふわり
うわー、なんて優しい目をしてるんだろ。
顔が近づいてきた事をいいことに、そんな感想を持ってしまった。
私は左手首を彼の前に突き出した。
「手首、捻っちゃって。保健室開いてなかったから……」
「保健室か」
彼はうなずくと「待っててね」と私に言い残して職員室に入っていった。
他の先生に話しかけて、何か会話を交わしている。
彼の姿を目で追っているうちに思い出した。
夏休みに入る前に、校庭の水飲み場で声をかけてきた男の人だ。
あんなに暑いのにスーツを着ていて、それなのに全然暑さを感じさせない涼しい顔で「事務所ってどこにありますか?」と尋ねてきたのだ。
あの時の人と同一人物だと気づいた瞬間、以前も感じた胸のあたりがモヤモヤするような、フワフワするような、そんななんとも言えない感覚が再び押し寄せてきた。
だからなんなんだろう、この感じは。
自分で自分がよく分からなかった。
しばらく廊下で待っていると、やがてまたさっきの男の人が職員室から出てきた。
今度は右手に鍵を持っている。
「保健室の鍵を借りてきたから、一緒に行こう」
そう言われて、私は小さくうなずいた。
保健室までの短い距離を歩く間、私は思い切って前を進む彼に尋ねた。
「新しい先生ですか?」
彼は足を止めて私を見つめると、笑みを浮かべた。
「無事に採用になったよ。あの時は事務所の場所教えてくれてありがとう」
「お、覚えてたんですか」
まさか私のことを覚えているなんて思っていなかったから、驚いてしまった。
そしてまた胸のあたりがモヤモヤ、フワフワするのだ。