こころ、ふわり


うわー、なんて優しい目をしてるんだろ。


顔が近づいてきた事をいいことに、そんな感想を持ってしまった。


私は左手首を彼の前に突き出した。


「手首、捻っちゃって。保健室開いてなかったから……」


「保健室か」


彼はうなずくと「待っててね」と私に言い残して職員室に入っていった。


他の先生に話しかけて、何か会話を交わしている。


彼の姿を目で追っているうちに思い出した。


夏休みに入る前に、校庭の水飲み場で声をかけてきた男の人だ。


あんなに暑いのにスーツを着ていて、それなのに全然暑さを感じさせない涼しい顔で「事務所ってどこにありますか?」と尋ねてきたのだ。


あの時の人と同一人物だと気づいた瞬間、以前も感じた胸のあたりがモヤモヤするような、フワフワするような、そんななんとも言えない感覚が再び押し寄せてきた。


だからなんなんだろう、この感じは。


自分で自分がよく分からなかった。



しばらく廊下で待っていると、やがてまたさっきの男の人が職員室から出てきた。


今度は右手に鍵を持っている。


「保健室の鍵を借りてきたから、一緒に行こう」


そう言われて、私は小さくうなずいた。


保健室までの短い距離を歩く間、私は思い切って前を進む彼に尋ねた。


「新しい先生ですか?」


彼は足を止めて私を見つめると、笑みを浮かべた。


「無事に採用になったよ。あの時は事務所の場所教えてくれてありがとう」


「お、覚えてたんですか」


まさか私のことを覚えているなんて思っていなかったから、驚いてしまった。


そしてまた胸のあたりがモヤモヤ、フワフワするのだ。

< 12 / 633 >

この作品をシェア

pagetop