こころ、ふわり
芦屋先生もわざわざ車を降りて、私を見送ってくれた。
「今日は本当にありがとうございました」
先生に向かって深く頭を下げると、先生は小さく手を振って再び車に乗り込もうとしていた。
もうこれで私たちの時間は終わりなんだ。
これきりなんだ。
そう思ったら寂しくなって、思わず
「芦屋先生」
と呼び止めてしまった。
先生は運転席のドアを開けたまま、手を止めてこちらを見つめている。
考えもなしに呼び止めてしまったので、何か話さなきゃと制服のポケットに手を入れる。
さっき借りたハンカチがあった。
そのハンカチを掴むと、先生に見せた。
「洗って返します!」
私の言葉を聞いた芦屋先生は、そんなことか、というように笑っていた。
「そのハンカチあげるよ」
「えっ!?」
「じゃあ、明日ね」
驚いている私を尻目に、先生はまた小さく手を振ると今度こそ車に乗り込んだ。
そして、ゆっくりと走り去っていく黒い車が見えなくなるまで見送った。
握りしめていた先生のハンカチをもう一度よく見てみる。
私の涙が染み込んでしまった、紺色のチェックのハンカチ。
そのハンカチをそっと頬に当てて、先生の優しさを噛み締めた。