こころ、ふわり
それきり、芦屋先生は私に話しかけてくることは無かった。
ただ雨の音が響いていて、時折ウィンカーの音が鳴ったりしているくらいだった。
雨の音を聞きながら、私は冷めきった自分のカフェオレのフタを開けることなく景色が流れていった。
やがて見覚えのある住宅地に入ったところで、いつものように先生が車を停めた。
ハンドルから手を降ろした先生が「萩」と私の名前を呼んだ。
ゆっくり先生の方を向いた。
「きっと、君も同じことを思っていると感じてた」
先生は私から目をそらさずにそう言って、なんだか悲しそうに笑った。
「違うかな」
違う、と否定はできなくて、そのまま無言で先生を見つめ返す。
「別れた方がいいって、思ってるんじゃないかなって」
別れるという選択肢。
それはたしかに私の心にはなかった。
距離を置くことしか考えてなかった。
そこが私と先生の決定的な違いだった。
「そんなこと考えてません」
私はこみ上げてきそうな涙を、必死に押し殺しながら首を振った。
「距離を置いた方がいいと思ってました」