こころ、ふわり
私はろくに先生の顔も見ずに、スケッチブックとペンケースを抱えると美術室をあとにした。
美術室を出たところで、菊ちゃんが私を待っていてくれた。
「萩、行こっか」
「うん、ありがとう」
菊ちゃんのいつもの屈託のない笑顔を見たらホッとした。
2人並んで廊下を歩いていると、後ろから
「吉澤さん」
と声をかけられた。
振り向くとちょっと急いだ様子の芦屋先生がいた。
彼を見たと同時に、また胸がモヤモヤしてフワフワするのだった。
せっかく授業が終わってひと安心と思ったのに、またこうして声をかけられるなんてなんだか気が休まらない。
「消しゴム、座ってた机にあったけど忘れてない?」
芦屋先生の手には見覚えのある消しゴムがあった。
「あっ、すみません」
私は受け取ろうとしたが、念のため自分のペンケースの中身を確認して消しゴムが無いことを確認した。
「たぶん私のです。ありがとうございます」
芦屋先生は「よかった」と微笑んで私に消しゴムを渡そうとした。
その時、芦屋先生の手がすごく綺麗で、見とれてしまったことを思い出した。
そんな手が自分の手と一瞬触れ合って、私は咄嗟に手を引っ込めてしまった。
消しゴムがコロンと廊下に落ちる。
「ご、ごめんなさい」
私はなんてことをしてしまったのかと思いながら、先生へ頭を下げて慌てて消しゴムを拾った。