こころ、ふわり
しばらくそうしていたけれど、一向に高野先生は準備室へはやって来なかった。
書類が置きっぱなしになっている美術室の芦屋先生の机を、ガサゴソとひと通り目を通しているような音がした。
そして、高野先生は芦屋先生が不在なだけだと判断したのか、そのまま美術室を出ていった。
息が詰まるような、数分の出来事だった。
「もう、大丈夫みたいだね」
芦屋先生が私から体を離して、安堵したように胸をなで下ろす。
「ごめんね、驚かせて。見つかったらまずいと思って、つい」
「い、い、い、いえ……」
私は緊張でカチンコチンに硬直した体をそのまま壁につけたまま、なんとも言えない返事をした。
「さっき言ってたことだけど。玉木先生のこと。誤解してるみたいだから」
芦屋先生は赤面したまま動かない私に、ため息混じりに説明した。
「誰に聞いたのか知らないけど、押し倒してなんかないよ。教室で掲示物を取り外してた時に、脚立が揺れて玉木先生が落ちそうになって、その時にかばったからそんな風に見えたかもしれないけど。付き合ってる人もいないし、好きな人もいない」
「お、押し倒したのが誤解だったとしても……。玉木先生と食事に行ったり映画に行ったりしてるって聞きました」
やっと壁から脱出した私がいまだに納得しないので、芦屋先生は半ば投げやりに答えていた。
「全部断ってるよ。噂なんてそんなものだろうけど、たいていが間違ってるからね」