こころ、ふわり
ふと真司が私の後ろに視線を移して、「あ」と声を上げる。
私が振り向くと、芦屋先生がちょうどこちらへ向かって歩いてくるところだった。
先生は私たちには気づいていない。
「私、帰るね」
急いでその場から立ち去ろうとした私の腕を、なぜか真司が掴んで止めてきた。
え?と思っているうちに、真司は芦屋先生に向かって手を振り出した。
「先生!芦屋先生!」
「し、し、真司!」
全神経がドックンと波打つ感覚に痺れそうになりながら、慌てて真司の名前を呼ぶ。
でも時は既に遅く、芦屋先生はもうこちらに気づいてしまったあとだった。
「先生、今ちょっと時間ある?」
真司はそう尋ねたあと、先生の返事を待たずに私の背中を押し出す。
「こいつ、もうすぐ専門学校の面接あるんだって。激励してやってよ」
私は心底彼を恨みそうになりながらも顔をうつむかせるしかなくて、芦屋先生がどんな顔をしているのか分からなかった。
「じゃあな」
真司は私の心をかき回すだけかき回して、肩をポンと叩くとそのままグランドへ走っていってしまった。
しばらくその場で立ち尽くしていると、芦屋先生が私の方へ歩み寄ってきた。
「もうすぐ面接なんだね」
そう声をかけられて、私はようやく顔を上げた。
とても久しぶりに、本当に久しぶりに芦屋先生と目を合わせた気がした。
先生はとても穏やかな、いつもの優しくて柔らかな笑顔だった。
「頑張ってね」
と、たしかに私にそう言ってくれたのが聞こえた。