こころ、ふわり
「大丈夫です。それに、誰にも言いませんから」
私は菊ちゃんにさえも言わないと決めていた。
人の噂は広まるのも早いし、広まれば広まるほど真実ではないことも付け足され、話が大きくややこしくなってしまう。
「吉澤さんが誰かにペラペラ話すような子じゃないとは思ってるから、そこは安心なんだけど……。昨日、とてもショックを受けていたようだったから」
優しいな、と私はちょっと嬉しくなる。
ほんの少しだけでも、芦屋先生の頭の片隅に私を心配する気持ちがあったことが素直に嬉しくて、こんな時なのに笑ってしまいそうになった。
「生徒の模範にならないといけない教師の、その……なんていうか、あぁいう場面を見せてしまったことが申し訳なく思って……」
しどろもどろになってどうにか言葉を続ける芦屋先生が言いたいことは、私にはじゅうぶんすぎるほどちゃんと伝わっていた。
そして、聞くほどに芦屋先生の真面目さを実感する。
そうだよね。
やっぱり普通に考えたら、先生と生徒が付き合うなんておかしいよね。
生徒が先生を好きになるのもダメだし、先生が生徒を好きになるのもダメなのだ。
そんなのは分かりきっていたことでもある。
「芦屋先生はなにも悪くないよ。だから、謝らないでください」
私はそう言いながらも、なんだか複雑な気持ちになった。
そう、芦屋先生はなにも悪くない。
私が勝手に先生のことを好きになっただけのこと。
ダメなのに、好きになってしまった。
叶うはずもないのに。
ただ、それだけ。