悩める高校生時代
「今日は何の歌?」
知らないうちに観客が来ていたらしい。
観客っていっても、一人しかいないけれど。
「木星の歌、1078番」
「ふぅん、ホント歌上手いなあ」
「他にリクエストある?」
「んー……、じゃあ火星の623番」
私はその要望に応えて、というか、まぁ適当に今歌いたい曲を選出して歌った。
彼は黙ってその歌を聴いている。
顔は見えない。
それ以前に、今までお互いの顔を確認した事がない。
何故ならそれは暗黙の了解で、二人のルールだからだ。
キーンコーンカーン………
歌の途中で予鈴が鳴った。
そこで歌うのを止め、彼はまた来る、と言った。
「飽きないね」
「そりゃお前が言えた口じゃねぇだろ」
最後に彼はそう言い残し、屋上を出ていった。
私は溜息を吐いて腕時計を見た。
「私も行かなきゃ…………」
この場所は私が唯一安らげる場所。
でも本当に居なきゃいけない場所は別にある。
(あと2分で授業始まる……)
急いで入り口の戸に手を掛けた。
出る前に彼が言った一言を真似してみる。
「また来る」
当然、反応は返ってこない。
私は戸を閉めると、走って階段を駈け下りた。
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