DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
 千聖は微笑んでその冷たいリンゴに口づけ、胸ポケットから取り出したカードを【アップル】の代わりにケースに入れた。

「さぁてどれとどれを頂くか……」

 品定めをするようにあれこれ眺めながら、展示室の中を回る。

 やがて、入り口から一番遠くにあるケースの前に足を止めた。

「同じ頂くならこれかな」

 呟いて【クリスタルパレス】と表示された箱を覗き込む。

 その箱の鍵も簡単に開け、石を布の袋に入れて隠しポケットにしまい込むと、次に【グリーンヘブン】の前に立った。

「最大級のエメラルド【グリーンヘブン】か。ちょっと嵩張るけど……ま、いいか」

 これもまたアッという間に摘み上げる。

 そして――

 周囲の宝飾品の箱も片っ端から開けて中身を取り出す。

 その全てを布袋に入れ、千聖は腕時計に目をやった。

「さてと……次の巡回まであと五分。そろそろ帰るとするか。余り夜更かししてると明日の仕事に響くからな。忙しくなりそうだし。それでは――」

 右手を胸にあて、左手を後ろに回し、千聖はまるで社交ダンスをする紳士のように僅かに残った石達に向かって丁寧に御辞儀をした。

「皆さんお騒がせしました。ごゆっくりお休みください」

 胸に当てていた右手を頭上に高く翳す。

 手首から飛び出した細いワイヤーに引かれ、千聖の身体が舞い上がる。

 白い天井板が元に戻されると、途端に展示場の中はまた静けさを取り戻した。



…☆…

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