DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
 それをぼんやり見つめていた未央は、突然叫んで立ち上がった。

 周囲で静かに本を見ていた人達の視線が一斉に集まる。

「スミマセン……」

 肩を竦めて一旦席に着くと、未央はリュックを背負ってすぐに本を棚に戻して回った。

 急いで外にでて、辺りを見回す。

 さっき二階から見たレトリバーは、まだそんなに遠くへは行っていないはずだ。

「何処へ行ったのかな。チャンスなのに」

 レトリバーを連れていたピンクのワンピースを着た女性に、犬の体重を直接訊いてみることを思い付いたのだ。

 あのレトリバーが歩いて行った方向に目を凝らすと、広い芝生のあちこちに植えられた桜の木の陰に、ピンク色の服が見え隠れしているのが見えた。

(あれだ――)

 急いで駆け出す。

 ラッキーなことに、その人は比較的ゆっくりと歩いていたのですぐに追い付けた。

 ホッと胸を撫で下ろし、怪しまれないように呼吸を整えてから未央は話し掛けた。

「わあ―― 可愛い!この子ゴールデンレトリバーですよね?」

「え――?ああ……そういう種類だったかな」

 女性の反応に未央は首を捻った。

 普通こういう所で犬を散歩させている人は、自分の子供のように可愛がっている人が殆どだ。

 だからこんなふうに話し掛けると、大抵その犬がどんなに可愛くてどんなに賢いかを『もう結構』と言いたくなるまで自慢話をするのが常で、自分の愛犬の種類も分からないなんてあり得ない事なのだ。

 気を取り直して訊く。

「この子女の子ですか?それとも男の子?とっても可愛いわ」

「そう?」

 話に乗ってこない。

 未央はもっと気合を入れて誉めることにした。

「毛がフカフカしててぬいぐるみみたい。抱っこしたいって感じ」

 女性はまるで未央の声が聞こえなかったかのようにポケットから携帯電話を取り出して、その表示に目をやった。

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