DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
絵の前に立つと、未央はペンライトを取り出してキャンバスの隅に目をやった。
白い細い文字で『Shinji・Morishita』と記されている。
「標的確認。間違いなく依頼の品だわ」
レンガ造りの壁からそっと額を取り外す。
それを布に包んで絵の掛かっていた位置にカードを押し付け、ドアに向かおうと向きを変えた未央は途端に足を止めた。
部屋の左側の壁に視線は釘付けになった。
心臓は大きく波打ち、口から飛び出しそうだ。
「あぁ……こんな所に………」
呟いた未央の目からは涙が一筋零れた。
壁に飾られていた絵。
それは海中から顔を出した岩の上で、一人の美しい人魚が赤ん坊を胸に抱いている物だった。
海の彼方から射す太陽が、人魚の肌をなおさら美しく輝かせている。
絵のタイトルは『トレゾア』。
宝物という意味だ。
画家の名は清瀬章吾。
未央の死んだ父親の名。
未央は食い入るようにその絵を見つめた。
「ママ……この絵、パパの絵だ。パパが描いたママと私の絵だ。まさか……こんな所で見付かるなんて」
一度も目にした事は無かったが、未央にはそうに違いないと思えた。
何故なら、人魚の顔があまりにも母親に似ていたからだ。
思わず依頼の品を床へ置き、手を伸ばす。
その時――
「その絵には触らない方がいい」
「誰 !?」
突然響いた声に、未央は驚いて振り向いた。
いったいいつからそこに居たのだろう?
窓の直ぐ脇の壁に背中を付けて、スラリと背の高い男が立っていた。
外からの月の光はその顔の部分には届かず、人相はまったく分からない。
「誰なの !?」
「おいおい……大きな声出すなよ。それから、そのペンライトはしまって貰おうか。お互い顔は見えない方が良さそうだからな。回収屋のティンクさん」
「どうして私の事……もしかしてあなた、怪盗コメット?」
答える代わりに男が笑いを漏らす。