DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「キャウンキャウン――!」
声を上げ、両の前脚で鼻を撫でるように擦る。
赤い首輪の犬は尻を低く下げ、尻尾は後ろ足の間に挟んだ。
戦意喪失の合図だ。
頭を抱えてその場にうずくまっていた未央は、驚いて何処からとも無く現れた人影を見上げた。
「だからケルベロスが居ると教えてやっただろう。まったく世話の焼ける奴だ」
「コメット !?」
目を疑ったのは未央だけではなかった。
直ぐ脇の洒落たテーブルへグラスを置いた赤峰が叫ぶ。
「あれは―― あれがコメット !? 何故こんな所に奴が !? まさか……まさか【影】を―― 島野!急いで金庫を調べろ!」
島野は慌てて部屋を飛び出したかと思うと、すぐに戻って来た。
「尚人様!大変です!石が!【エターナル・グリーン・アイビー】がありません!」
「畜生!―― 奴か !? コメットが !!」
赤峰は真っ赤になって叫んだ。
「コメット、俺の石をディモスをっ !!」
怒りに震える拳を石で出来たテラスの手摺りに何度も叩き付け、見る間に血が滲む。
「赦さん―― 絶対に赦さん!フォボス!ケルベロス!コメットを噛み殺せ!」
「ガルルルル……」
その声に答えるように、銀の首輪の犬が唸り声を上げた。
「おい!催眠スプレーを出せ!」
「えっ――?」
「持ってるだろう !? 早く!」
未央は慌ててポケットからアトマイザーを取り出して、背中を向けたまま手を差し出しているコメットに渡した。
「犬が一匹になったら直ぐに走れ」
「何処へ !?」
「何処からでもいい。とにかく屋敷から外へ出ろ。逃げるんだ」
コメットの言葉に肯く。
それからハッと気付いた。
「あなたはどうするの !?」
「俺の事は考えなくていい」
「でも、そういうわけには!私だけ逃げるなんて――」
「俺の事はいいって言ってるんだ!」