DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「御両親の事をお話しする代わりと言っては何ですが、私のお願いを一つ聞いて頂けるかしら?」
「いいですよ。何ですか?」
直ぐに答えた千聖に、秋江はまた少女のようにはにかんだ。
少し言い難そうに視線を落として続ける。
「顔を……もう一度だけ、顔をよく見せてくださらないかしら。この月明かりの下で構いませんから」
「そんな事でいいんですか?」
「お願い」
千聖は笑みを漏らし、車椅子の秋江の前に戻り跪いた。
鴉の羽のような美しい黒髪を掻き上げる。
「これで見えますか?」
「ええ、ええ……よく見えますとも」
肯いて伸ばした両手を千聖の頬にあて、秋江はまるで心に刻み込もうとでもするようにじっと見つめた。
「本当によく似ているわ。あの頃の隆利さんに生き写し――。隆利さんは、病気がちで学校に通えなかった私の家庭教師だったの。勉強だけでは無く、いろんな事を教えてくれた。花の名前、鳥の名前、雲の名前、星の名前……。優しい人だった。素晴らしい人だった。当然のように私はあの人に惹かれていった。身も心も捧げたかった。でも……私には勇気が無かった。あの人と二人で困難に立ち向かう勇気が。愛していたのに……誰よりも愛していたのに―― ゴホッ……ゴホッ……」
突然秋江が咳き込む。
口を押さえた掌には、血が滲んだ。
その真っ赤な色は、『もう僅かしか生きられない』という秋江の言葉を無言で証明していた。
千聖は徐に立ち上がると、車椅子の横に回って静かに秋江の肩に手を置いた。
「いいですよ。何ですか?」
直ぐに答えた千聖に、秋江はまた少女のようにはにかんだ。
少し言い難そうに視線を落として続ける。
「顔を……もう一度だけ、顔をよく見せてくださらないかしら。この月明かりの下で構いませんから」
「そんな事でいいんですか?」
「お願い」
千聖は笑みを漏らし、車椅子の秋江の前に戻り跪いた。
鴉の羽のような美しい黒髪を掻き上げる。
「これで見えますか?」
「ええ、ええ……よく見えますとも」
肯いて伸ばした両手を千聖の頬にあて、秋江はまるで心に刻み込もうとでもするようにじっと見つめた。
「本当によく似ているわ。あの頃の隆利さんに生き写し――。隆利さんは、病気がちで学校に通えなかった私の家庭教師だったの。勉強だけでは無く、いろんな事を教えてくれた。花の名前、鳥の名前、雲の名前、星の名前……。優しい人だった。素晴らしい人だった。当然のように私はあの人に惹かれていった。身も心も捧げたかった。でも……私には勇気が無かった。あの人と二人で困難に立ち向かう勇気が。愛していたのに……誰よりも愛していたのに―― ゴホッ……ゴホッ……」
突然秋江が咳き込む。
口を押さえた掌には、血が滲んだ。
その真っ赤な色は、『もう僅かしか生きられない』という秋江の言葉を無言で証明していた。
千聖は徐に立ち上がると、車椅子の横に回って静かに秋江の肩に手を置いた。