DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
何処へ行く当ても無かった。
けれどふと気付くと、未央はいつの間にか赤峰の屋敷の門の前に居た。
(パパの絵……もう一度見たい。見るだけ……そう、見るだけなら――)
細かい事は何も考えずに、塀を越える。
そのまま吸い寄せられるように、未央は建物に向かって行った。
ワイヤーを使って、今度はあの部屋の窓から直接入る。
床に足を降ろすと、静かに絵の前に立った。
「パパ……ママ……会いに来たよ」
窓から差し込む月明かりの中、父、章吾の描いた絵は静かに未央を待っているように思われた。
「ねぇ……私、何をどうすればいいか分からなくなっちゃったよ。コメットは千聖だったの。―― ああ、そうだ。だからケルベロスに襲われたとき、私を……うぅん、ティンクを助けてくれたんだ。千聖はティンクのこと気にしているみたいだから、それで危険だって分かっていても助けに来てくれたんだ。もしも……ティンクが私だって知っていたら、それでも来てくれたかな?きっと……無理だったね」
何故だか涙が出た。
ティンクが羨ましかった。
千聖の心をほんの一部分でも捉えているティンクが、羨ましかった。
「変だね、私。どうしてこんなに千聖の事が気になるんだろう?どうしてこんなに傍に居たいんだろう?千聖の笑顔が見たい。優しい言葉が聞きたい。千聖がコメットだって分かっても、構うなって怒鳴られても、それでも傍に居たい。ねぇママ、これって……恋なのかな?」
絵の中の人魚は何も言ってくれるはずも無く、ただ優しい眼差しで未央を見つめていた。
「ママ……どうしてもっと生きていてくれなかったの?私、人を好きになっても誰にも相談できないよ。誰にも――」
その場にうずくまると、未央は膝を抱えて額を押し付けた。
(私……千聖が………千聖のことが……)
その時――
「やあ、ティンク。やっぱりまた来たね」
突然の声に、未央は驚いて立ち上がった。