DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~

 何処へ行く当ても無かった。

 けれどふと気付くと、未央はいつの間にか赤峰の屋敷の門の前に居た。

(パパの絵……もう一度見たい。見るだけ……そう、見るだけなら――)

 細かい事は何も考えずに、塀を越える。

 そのまま吸い寄せられるように、未央は建物に向かって行った。

 ワイヤーを使って、今度はあの部屋の窓から直接入る。

 床に足を降ろすと、静かに絵の前に立った。

「パパ……ママ……会いに来たよ」

 窓から差し込む月明かりの中、父、章吾の描いた絵は静かに未央を待っているように思われた。

「ねぇ……私、何をどうすればいいか分からなくなっちゃったよ。コメットは千聖だったの。―― ああ、そうだ。だからケルベロスに襲われたとき、私を……うぅん、ティンクを助けてくれたんだ。千聖はティンクのこと気にしているみたいだから、それで危険だって分かっていても助けに来てくれたんだ。もしも……ティンクが私だって知っていたら、それでも来てくれたかな?きっと……無理だったね」

 何故だか涙が出た。

 ティンクが羨ましかった。

 千聖の心をほんの一部分でも捉えているティンクが、羨ましかった。

「変だね、私。どうしてこんなに千聖の事が気になるんだろう?どうしてこんなに傍に居たいんだろう?千聖の笑顔が見たい。優しい言葉が聞きたい。千聖がコメットだって分かっても、構うなって怒鳴られても、それでも傍に居たい。ねぇママ、これって……恋なのかな?」

 絵の中の人魚は何も言ってくれるはずも無く、ただ優しい眼差しで未央を見つめていた。

「ママ……どうしてもっと生きていてくれなかったの?私、人を好きになっても誰にも相談できないよ。誰にも――」

 その場にうずくまると、未央は膝を抱えて額を押し付けた。

(私……千聖が………千聖のことが……)

 その時――

「やあ、ティンク。やっぱりまた来たね」

 突然の声に、未央は驚いて立ち上がった。

< 180 / 343 >

この作品をシェア

pagetop